2050食生活未来研究会

クロストーク クロストーク

第2回は、 “みらいごはん”研究ユニットのメンバー小椋真理さん、東山幸恵さんと
トークセッション。管理栄養士として、食の現場で見たこと、感じたこと、これからの食について語り合いました。

出会いは平成元年、同じ大学の先輩後輩の間柄

対談写真

対談写真

  • 田中
    浩子

    私たちは、今、異なる大学で教鞭を取っているのだけど、共通項が同志社女子大学。私が1984年、真理さんが1986年、幸恵さんが1989年の入学でした。私は卒業後、すぐに結婚して専業主婦になって。まったく就職するつもりがなかった。バブル期で世の中の景気が良く、実習助手になる人がいなくて・・・それで、母校に舞い戻った時の最初のゼミ生だったのが真理さん。

  • 小椋
    真理

    そうでした。私は卒論テーマに選んだスポーツ栄養に関心があって、アスリートを研究対象にしていたんですよね。卒業後は、スポーツ栄養に関わる職場を希望していたのですが、まだ求人も少なくて…。スポーツ栄養で関わることができる就職先がみつかるまでに、運動の知識を付けるためにスポーツプログラマーの資格を取りに行きました。また、「なりたい管理栄養士像」を考えたとき、どんな就職先でも料理ができた方がいいと思ったので、中根料理研究所と大学で実習助手をしながら料理を学び、スポーツ栄養の分野で働ける機会をうかがっていました。

  • 田中
    浩子

    距離が近くなったのはその頃ですよね。

  • 小椋
    真理

    中根料理研究所で助手をしていた頃、中根先生 のところでは研究科クラスがあったり、茶懐石のクラスがあったりしたのですが、隔月で、フランス料理とワインのマリアージュを学ぶ「ワインの会」があり、時々東京から大物ソムリエをお招きすることもあり・・・。
    まだ私も若かったので、ひとりでは心細かったんですよね。それで浩子さんに来てくださいとお願いしたんです。レストランの社長さんの計らいで、フルコースに5種類くらいのワインを出して いただいて・・・。未熟ながらワインの奥深さに感動しましたね。

  • 田中
    浩子

    いい経験でした。

  • 小椋
    真理

    同じ頃、「この夏、甲子園に行きたい!」と有名私立高校の野球部から献立の依頼をいただいたんです。「最高の献立を立てて欲しい!何でもしますから」 と。その当時考えられる範囲で、最高と思える手間暇かかった献立のプランを提案したものの、現実と実際の食い違いを経験したのもこの頃。それでも結果的には、監督の奥様の協力もあり、本当に甲子園に行ったときは嬉しかったですね。確か新聞にも普段から食事の管理をしていると取り上げられました。浩子さんとアルプススタンドに応援に行きましたよね。

  • 田中
    浩子

    行きましたね、いろんなことしてますねぇ。 幸恵さんも私が助手をしている頃に出会った後輩。

  • 東山
    幸恵

    はい。私は病院で管理栄養士として働きたいと思っていたので、大学を出たら、すぐに病院に就職しました。途中、大学院に行った時期もあるのですが、ずっと小児を対象にやってきています。

  • 田中
    浩子

    お二人とも学生時代からすごく優秀でしたね。調理実習って、その人が出るんです、テキパキ動く人、掛け声だけの人、ぼーっとしてる人って風にね。実習助手をやっていると、それがすごく見えるんですよ。お二人は率先して動くので頼もしい存在でした。

  • 小椋
    真理

    東山
    幸恵

    ふふふ(笑)。

対談写真

対談写真

管理栄養士のネットワークを活かすために起業!

  • 田中
    浩子

    実習助手をしていたので、卒業生とは学年を超えた交流があり、管理栄養士の就職や転職に関する卒業生の情報が私のところに集まるようになった。最初は電話、そのあと各家庭にファックスが普及してきて、各学年のリーダー的な卒業生に連絡していたんだけど。1997年に個人的にインターネットを使い始めて・・・これは情報交換に使える!と思い、インターネット連絡網をつくりました。連絡網がうまく動き始めると、一方的な情報発信だけではなく、管理栄養士として仕事をしていく中で、いろいろな課題がでてきたときに、気軽にメールで相談できるしくみをつくったら便利じゃないかな・・と思い始めました。加えて、インターネット上の情報交換だけではなく、リアルに相談したり、研修会を開いたりする場をつくりたいと思い、大学の先輩・後輩、そう!真理さん、幸恵さんとともに「D NET」というネットワークを作ったのよね。

  • 東山
    幸恵

    1998年ですよね?

  • 田中
    浩子

    そう。月に1回くらいかな?みんなで集まって勉強会もしましたね。

  • 小椋
    真理

    その頃は、管理栄養士が相互に学び合うってことがない状況で、「これで合っているの?」「どこかで学びなおしたいな」と思いながら、 各自が自分のやり方で栄養指導をやっていたんですよ。

  • 田中
    浩子

    3ヶ月健診などの母子健診の15分間の栄養指導の台本を作って、話し方も練習して、配布物も作って、そんなことをやっていました。

  • 小椋
    真理

    私は、まだ子どもが小さかったので、おむつを換えながら勉強会に参加してましたね〜。

  • 田中
    浩子

    情報交換の場としてのネットワークがうまく機能してくると、企業やいろんな団体から、仕事の問い合わせがくるようになってきて。「ビジネス」をするには、ネットワークでは責任の所在が明らかではないし。「ビジネス」の実績がない私が仕事をするためには、「会社」という箱が要る!と思い、1999年に勢いで(笑)起業しちゃったのよね。

  • 東山
    幸恵

    浩子さ~ん、まさかの起業!笑

  • 小椋
    真理

    D NET立ち上げから会社設立まで勢いでしたね~。笑

  • 田中
    浩子

    「管理栄養士って食の分野で一番難しい資格なのに、報酬があまり高くない」・・・世の中的には、料理研究家やフードコーディネーターがまぶしい時代だったよね。管理栄養士に足りないことって何だろう?と、起業してからもずっと考えていました。その答えを探すために、マーケティングやフードビジネスを勉強して、管理栄養士には、お客様の「欲しい!」をとらえる視点が欠けている、と気づいたんですよ!

対談写真

対談写真

スポーツ栄養に革命を!

  • 田中
    浩子

    会社設立当初は、依頼主のニーズと管理栄養士の得意分野をすり合わせて、管理栄養士に仕事を依頼することが多かったけど、だんだん、「企画」の仕事が増えてきたのよね。大きく変わったのは2002年。女性起業家ビジネスプランコンテストで優勝したのをきっかけに、ある給食会社から依頼を受けてコンサルティング業務をするようになったんですよ!それでやったのが社員食堂の仕事とスポーツ栄養の仕事。

  • 小椋
    真理

    「スポーツ栄養の仕事が来たんだけど…」って浩子さんから声をかけていただいたんですよね。それまでスポーツ栄養に関わってきたノウハウとともにいろいろな思いを形にできたらと。

  • 田中
    浩子

    当時はスポーツ栄養ってビジネスとして確立されていなくて、管理栄養士としてはこの分野をビジネスにすることは大きな課題だと考えていました。だから、京都産業大学のスポーツ寮のコンペに参加できる機会を得たときは「やった、来た!」と思いました。

  • 小椋
    真理

    スポーツ栄養をビジネスとして考えてもらえない時期がずっと続いていたんですよねぇ。今もありますが「ボランティアで来てくれるならいいけど、お金は払えないですよ」みたいな。私自身は大学の助手を退職後、スポーツ栄養ができると思って、スポーツクラブを経営する企業に入社しました。ちょうどバブルが崩壊した頃で、「トレーナーさんは毎日でも欲しいけど、栄養士はオプションで…」と言われて。 そこに、大学の体育会系の学生が入る寮の給食コンペがある、という話をいただいて。競合他社のプレゼンは「安くてお腹いっぱいになる」ことに主軸を置いていたんですが、私たちが提案したのは「栄養管理された食事の提供」+「アセスメント」+「栄養教育のためのセミナーやイベントの開催」をひっくるめた提供システム。

  • 田中
    浩子

    当時のスポーツ栄養って、あらゆるスポーツを全部まとめての栄養管理、栄養指導だったんですよ。

  • 小椋
    真理

    競技が違えば必要なエネルギーも違います。たとえば体格の大きいアメフト男子もいれば、体重50kgにも満たない馬術部の選手もいるでしょう。同じ競技でもポジションが違えば、また練習の目的も違えば、食事の内容も違うので、寮という集団で給食を提供するのですが、集団においても一人ひとりに対しての栄養管理と指導を行いましょう、と。

  • 田中
    浩子

    食事をする学生も大学も給食会社も管理栄養士も、みんながwin-winになるプランにしないといけないと思って、知恵をしぼりましたね。

  • 小椋
    真理

    そうです!この提供システムの実現には必ず栄養士・管理栄養士が常駐することが重要であることを給食会社さんにも大学にも理解してもらうことが必要でしたから。システムにお金を払ってもらうという。あのプレゼンは忘れられない。会議室に入ったら、各クラブの監督さんがズラッと並んで座っていて、すごく緊張したけど、私たちが思い描くスポーツ栄養を伝えたい、そんな思いでした。

  • 田中
    浩子

    価格競争になりがちな給食のコンペですが、内容で採用してくださった。大きなイノベーションだったと思いますよ。この仕事がきっかけで、次から次へとスポーツ関係の仕事を受注できた!新たなご縁もあったでしょう?

北京オリンピックに帯同

  • 小椋
    真理

    スポーツ栄養をマーケティングの視点でまとめ、このシステムの内容と寮生の行動変容について、学会発表をしたんですね。それを見たサンヨー電気の女子バドミントン部から、京産大で行なった一人ひとりへの栄養管理&指導をさらに発展させたシステムを入れたい、というオファーが来ました。

  • 田中
    浩子

    対象はすでに世界で戦うトップの選手たちでしょう?

  • 小椋
    真理

    1年間で200日以上海外遠征をしている選手もいたので、提供する食事の内容も大事ですが、遠征先でも自分で適切な栄養を摂れる力、適切な食事を選択できる力を持てるようにしようと食事や栄養についての知識を深めてもらうことと自己管理能力の向上に取り組みました。

  • 田中
    浩子

    依頼があったのが2005年。2008年の北京オリンピックに照準を合わせていたんですよね?

  • 小椋
    真理

    はい。「北京オリンピック」をめざし、またオリンピックを想定した取り組みですね。実際にオグシオコンビと言われていた女子ダブルスの小椋久美子選手・潮田玲子選手、女子シングルスの廣瀬栄理子選手に帯同し、現地でサポートしました。

  • 田中
    浩子

    ずっとやりたかったトップアスリートの栄養サポートに携わっていかがでした?

  • 小椋
    真理

    その頃のバドミントンは中国が世界トップで、私たちがどんなに手を尽くそうとも中国に勝てない。そこにジレンマを感じましたね。おそらく選手も。世界と戦うためには、どうすればいいんだろう?次のオリンピックまでにできることは何だろうという新たな課題も生まれた。それと同時に、私のなかで疑問が湧いてきたできごとがあって…。

  • 田中
    浩子

    どんな疑問?

  • 小椋
    真理

    オリンピックをめざしたのに、結局出場が叶わなかった選手がいたんです。ある時、彼女から「4年後に私は30歳を超えてしまう。もう一度オリンピックをめざせるのでしょうか?私は30歳を過ぎてもトップアスリートとして活躍ができますか?」と質問されたんですね。私、その時、ちゃんと返せなかった。私の中に答えを持っていなかったんですよ。今、どんな栄養を摂ったらパフォーマンスが上がるか、という栄養管理や教育・指導はしてきたけど、将来的な視点は欠けていたんですね。その彼女の言葉がずっと心に引っかかっていて、2年間ぐらい、ずっーと自問自答しました。

  • 田中
    浩子

    それで、2010年に大学院に行ったの?

  • 小椋
    真理

    ええ。そうだ! 老化を遅らせたら、選手生命が延びるんじゃないか?と考えて、アンチエイジングの勉強をすることにしました。

  • 田中
    浩子

    アンチエイジング=美容、と捉えがちだけど。

  • 小椋
    真理

    そうではないんですよ。アスリートって、30歳手前で選手生命が終わることが多いでしょう。それを、いかに長くできるか?となると、20代の栄養摂取はすごく重要。その話を10代後半、20代の選手たちにすると、すごく食いつきますね、彼らもできるだけ長く現役でいたいと思っているから。

  • 田中
    浩子

    なるほどね。

  • 小椋
    真理

    でも、これってアスリートに 限った話ではないでしょう。私自身、アンチエイジングを学び始めたのは40歳をすぎてからですが、これからを生きる私たち全員に関わる話だと思っています。

対談写真

対談写真

医療分野の栄養管理で奮闘

  • 田中
    浩子

    真理さんの話にもあったように、スポーツ栄養の分野で、選手一人ひとりにカスタマイズされた栄養管理をするようになったのは2000年代に入ってから。でも病院は、ずっと患者さん一人ひとりへの栄養管理・指導をしてきたんですよね?

  • 東山
    幸恵

    はい。いろいろな疾患の方がいらっしゃるので。10人でも、100人でも、1000人でも1対1の栄養管理は基本。私はずっと病院で管理栄養士をやってきたので、それが当然という感じです。

  • 田中
    浩子

    病院で働きながら、“書く管理栄養士”と名乗ってたんですよね。

  • 東山
    幸恵

    勤務していた大学病院では、月に一度の教授会に私たちが作った病院給食を提供するのが通例で。その際、検食表を添えるんですが、ただ献立を羅列するだけでは面白くないから、ひと言コメントを書くことにしたんです。最初は本当にひと言だったけれど、雑学ネタをどんどん盛り込んでいくうちに、ドクターからも「面白い」とお褒めの言葉をいただくようになって、“書く管理栄養士”ということにしちゃいました(笑)。管理栄養士って地味なイメージだし、理系職業。でも、食べる、ということの周辺には、文化的なことや正解のはっきりしないこともある。そのことを管理栄養士の立場で伝えたかった。管理栄養士と書くことがつながったと思いましたね。

  • 田中
    浩子

    一緒に管理栄養士の本も出版しましたよね。管理栄養士と言っても、食品メーカー、教育機関、料理教室、それから幸恵さんのように病院、と働く場所も仕事の仕方も多様だから、それを伝えたくて。何冊か一緒に作っていたら、急に大学院に行くって宣言したからびっくりしました。あれは、どうして?

  • 東山
    幸恵

    病院で管理栄養士をしていると、患者さんや患者さんのご家族からいろいろ質問されるんですよ。でも、答えられないこともあって…。答えを探して、誰かに聞いたりしたこともあるんですけど、明解な答えが出ない時もありました。そういうことが積み重なって、大学院という選択をしました。

  • 田中
    浩子

    それは、さっき、真理さんが選手からの質問に答えられなかったというのと同じですよね?

  • 東山
    幸恵

    ええ。私の場合は、小児科で病気のお子さんと話すことが多かったので、小児栄養に関すること、子どもの発達を踏まえた伝え方を学びたいと思ったんですね。

  • 田中
    浩子

    管理栄養士って、栄養については学んでも、小児を専門には学んでないですもんね。 

  • 東山
    幸恵

    はい。だから、修士課程は教育学に進んで、博士課程では小児科の先生について学びました。現場で生まれた疑問は、現場で解決できるはずだという思いがモチベーションでしたね。でも、働きながら院生をやるのは、もう本当にハードだった。

  • 田中
    浩子

    2010年頃ですよね?私も真理さんも、あの頃は大学院生で、みんな寝る間も惜しんで勉強して、食生活も乱れてましたねぇ(笑)

  • 東山
    幸恵

    管理栄養士がこれでいいのかい?って感じでした(笑)

対談写真

対談写真

多様な食生活を支える仕組みを提案したい

  • 小椋
    真理

    浩子さん、起業当時、名刺交換の際に「管理栄養士界の吉本興業です」と自己紹介アナウンスしてたでしょう。

  • 田中
    浩子

    してました、してました!フリーの管理栄養士って、やっぱりタレントなんですよ。強みがないといけない、指名で取れる仕事をしなくちゃいけない、と思っていたから。「管理栄養士の小椋真理さん、お願いします」「小児栄養に詳しい東山幸恵さんに来て欲しいです」ということにしたかったから。
    そのあと、仕事の内容も変わったので、必要に迫られて、2004年に人財派遣業も人材紹介業もできるように許可を取った。でも実際に派遣業をやってみると、依頼されるのは「派遣で管理栄養士10名お願いします」「5名派遣してください」。数が揃えばいいという感覚。これは、私のしたいことじゃないなぁ、この現状でビジネスモデルは描けないなぁ、と。会社としては最高売上高を作ったのに、3年で派遣業から撤退することに決めました。

  • 東山
    幸恵

    ひとりの管理栄養士として、目の前の人に向き合いたいですもんね。

  • 田中
    浩子

    あれから10年以上経って…今はSNSもあるし、情報も多いし、ますます一人ひとりへの対応が求められる時代になると思う。

  • 東山
    幸恵

    人によって欲しい情報って違いますからね。以前、私たちが構想した 「身の丈ごはん」の考え方もそこに含まれますね。その人、そのご家族に合った食材の量を買い物シーンで提案する、というスタイル。

  • 田中
    浩子

    そう、そして“みらいごはん”という研究ユニットでは、管理栄養士も一人ひとり得意分野が違うから、それぞれに自分の考える食生活提案をしたらいいと思うんですよ。

  • 小椋
    真理

    それは、抱負のひとつですね。

2050年に向けて、アンチエイジングよりプロエイジング!

  • 田中
    浩子

    私たちって平成の始まる頃から管理栄養士の世界にいるでしょう。約30年間振り返ると、いろんな課題が見えてきたと思うんだけど。真理さんはいかがですか?

  • 小椋
    真理

    私は、アンチエイジングを研究しているけれど、“アンチ”に疑問を感じているところがあって。

  • 田中
    浩子

    というと?

  • 小椋
    真理

    10年間近く、京都のとある地域の 高齢者の健康状態のデータを取らせていただいているんですけど、皆さんとてもお元気。私の師匠の米井先生が、どこかひとつでも悪いところがあると足を引っ張って結果的に不健康になる、バランスよく老化するのが理想、とおっしゃっているんですけど、まさに研究協力いただいている高齢者の方たちがそれ。毎年お元気になられているような…。去年より出来るようになったとか、年を重ねることを楽しんでいるんですよね。これからは、アンチエイジングではなくて、プロエイジングだと考えています。

  • 田中
    浩子

    年をとることを肯定して、毎日をいきいきと過ごしているんですね。

  • 小椋
    真理

    そう。否定しない。それぞれの年齢における最も生き生きとした理想的な健康状態をオプティマル・ヘルスというのですが、そのためには肯定するってとても大切だと思いますし、生き生きできるような環境も。今の世の中って、健康に対して「〜してはいけない」が多すぎるでしょう。
    管理栄養士としては、「こう工夫して食べてね」「このお店で食べるなら、こういう風に選んでね」という提案をしなくてはいけないという意識を持っています。食べない、我慢する、では楽しくないですし、続きません。楽しく食べて、プロエイジングをめざしたいですね。

対談写真

対談写真

一人ひとりにこたえる食提案を“みらいごはん”で

  • 東山
    幸恵

    教科書的な食べ方提案ではない切り口を考えないといけないですよね。管理栄養士の養成課程で学ぶ学生を見ていても、そのことをすごく感じます。パスタ、サラダのワンプレート、プラス飲みもの、みたいな提案をしてくる学生が多いんですよ。完全にカフェ発想ですね(笑)。あれぇ、病院給食の課題なんだけどなぁ〜って。

  • 田中
    浩子

    第1回のクロストークでも、昭和の食事いわゆる一汁三菜は難しくなってくるんじゃないかと話が出ました。

  • 東山
    幸恵

    もちろん、主食、副菜、汁物、ごはんみたいな型を覚えるのも大事。伝統もとても大切だと思います。でも、育った家庭の食生活や社会全体の食環境も変化してるから、ひとつの型だけを良し、とするものでもないのかもと実感しています。昭和型の食生活からとる栄養バランスが健康に良いことはよく研究されていますが、栄養のとり方は、一汁三菜ではなくワンプレートに変わるかもしれない。日常の食生活は言葉と同じで、その時代にあった、より心地よく便利なものに変わっていくことになると思います。食生活が変われば、食器も変わり、作法も変わり、家事の回し方も少しずつ変わるでしょうね。

  • 田中
    浩子

    そう。そして料理を毎日作って食べられる人もいるけど、それができない人もいる。今までの食生活提案はその部分に目を向けていなかったでしょう。その人の背景をわかって、食生活提案をしないとダメですよね。

  • 小椋
    真理

    私たち管理栄養士は食事を作ることを前提にした食提案をしてしまうでしょう。以前、ダイエットプログラムを提案したことがあるのですが、「料理することは当たり前ではない。作れない人もいるんだ」と指摘されて。ハッとしましたね。そこで宅配システムを考えたのですが、環境が整えば実践できることがある。分かりやすく、取り組みやすく、を考えるのも管理栄養士の仕事なのだと気づかされました。

  • 東山
    幸恵

    病院で勤務していると、それは切実。病気だから満足した食事を作りたくても作れない人もいるし、金銭に余裕がなくて、食生活が満足できないものになっている人もいます。誰もが自分らしく、負担なく食べることができて、食事のことを心配しなくても良い社会をめざさないといけない。今日の晩ご飯、どうする?というところから。

  • 田中
    浩子

    食生活提案に加えて、食品や食事を手に入れる環境を整えるのも大事。いつも利用しているスーパーマーケットが変われば、食生活って変わるでしょう。自分だけではコントロールできない部分もあるわけですよ。食材を手に入れる環境整備など、食生活を支える仕組みについても考察、提案していきたい。人間って、ちょっといいもの、便利なものができると、「もっといいもの」「もっと便利なこと」を欲求が高まるんですね。でも、これから人口減になっていくのだから、ある程度生活者も折り合いをつけないといけなくなってくるはず。そのあたりも含めて、“2050みらいごはん”では研究発信していきたい。私たちそれぞれに違う分野で活動しているので、違う視点、違うアプローチで、いろいろ提案していきましょう!

対談写真

対談写真

小椋真理

小椋真理おぐら まり

  • 京都文教短期大学食物栄養学科 教授。同志社女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業。大学の助手などを経て、給食会社の顧問管理栄養士としてスポーツ栄養プロジェクトを立ち上げ、スポーツ栄養におけるビジネスフィールドを開拓。 2008年北京オリンピック女子バトミントンチームに帯同。

東山幸恵

東山幸恵ひがしやま ゆきえ

  • 愛知淑徳大学健康医療科学部 教授。同志社女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業。名古屋市公務員栄養士として、名古屋市立大学医学部付属病院に勤務。専門は小児栄養。

  • ライター:宮前晶子
    撮影:田口 剛
    ヘアメイク:石田 咲苗