2050食生活未来研究会

クロストーク クロストーク

クロストーク第5回のゲストは、立命館大学大学院 経営管理研究科教授である肥塚浩さん。戦略論から考えるこれからの食生活、人々の暮らしなどについて激論。
"2050みらいごはん"を考えていくための新たな課題も提議します。

生粋の立命館人

  • 田中

    肥塚先生はずっと立命館なんですよね、中学から。

  • 肥塚

    12歳に入学した立命館中学、そして、そのまま高校・大学・大学院ですからね。長いんですよ。立命館じゃなかったのは、最初に就職した島根大学だけでしたね。1992年度から1994年度までの3年間以外は全部立命館ですから。

  • 田中

    学校法人立命館に就職された後は、立命館の中の異動で?

  • 肥塚

    そうです。一番多いですよ。4回か5回、異動してます。立命館大学経営学部に5年、立命館アジア太平洋大学アジア太平洋マネジメント学部で4年、立命館大学経営学部で2年、経営管理研究科で6年、経営学部で5年、そして2017年度から経営管理研究科と、5回移籍してます。そんな変な教員いません(笑)

  • 田中

    今は、立命館大学の大学院経営管理研究科、いわゆるMBA、ビジネススクールの教授で、かつ研究科長もされている。経営管理研究科は今年で14期目ですが、私は、その前身の経営学研究科の中に設置された、社会人を対象にしたプロフェッショナルコースの1期生でした。

  • 肥塚

    2003年入学ですよね?当時、私は立命館アジア太平洋大学の教員で大分の別府から、毎週通ってました。

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大学院で学んだ戦略論が、今を作った

  • 田中

    私は大学院に行って、人生が変わったと思ってます。学部で学んだ栄養学に経営学が加わった。大学院で履修した科目の中で、特に大きな影響を与えたのがマーケティングと生産管理、それから肥塚先生から教えていただいた戦略論。戦略論って、まったく自分の中になかったんですよ。大学院入学前に中之島に本部があった辻学園フードビジネス養成講座で学んでいたので、マーケティングの考え方はありましたが、戦略論はまったくのゼロでした。外部環境・内部環境を見て、どう戦略を練るか、という考え方がなかったんです。そんなわけで、今日は戦略論を語りたい(笑)

  • 肥塚

    戦略論は私の専門分野だし、論文も書いてるけれど、田中さんをはじめとする社会人学生相手に、経営戦略を論じるというのは、私にとってもチャレンジな話でした。みなさん、現場で仕事を持っておられて、しかも様々な課題を日々感じられて、悩みながらビジネススクールに来られている人たちですから。でも、ディスカッションすると、いろいろなことを発言されるので、論点整理をすることに意味があるんだ、論理を通してあげることに意味があるんだと授業をやっていくうちに気付きましたね。言葉の使い方をきちんとするだけでも意味があることもわかりました。

  • 田中

    外部環境をどう見るか?たとえば、“人口が減っています”という外部環境は、基本的に一緒。でも、同じものごとをどう見るか、ですごく変わってきますよね。そこがすごく大事。「コップに半分しか水が入っていない」と「コップに水がまだ半分も入っている」では、まったく違ってくると思うんですね。

  • 肥塚

    「マクロ環境をどういうふうに認識するか」が、実際の戦略立案には非常に大事ですね。もっと違う言い方をすると、「時代の流れをどう読むか?」が大変重要。ビジネスをしている人は「今後どうなるのか?」に関心を持ちますが、未来予測なんてできるわけがない。でも、わかっている事実があるんですよ。たとえば、2018年には92万1千人 の子どもが生まれています。ということは、この人たちが18歳になるのは2036年。亡くなられる方もいらっしゃるから、絶対92万1千人以上にはならないわけですよ、日本で生まれて18歳になる人は。そういうふうに、未来で確定している事実というのが、結構世の中にはある。未来は不確実なことが多いんだけれども、分かっていることを組み合わせると、結構、時代の流れを読むことができるんじゃないか。そんなことを授業でも話しました。

  • 田中

    そういう考え方を教えていただいたことが、大学院で学んだ最も大事なことだと思ってます。それから、ポジショニング…。自社の製品やサービスを他社と差別化するための市場における位置づけのことで、ターゲットとする顧客にどう認識させるかということですが。ポジショニングを自分のキャリアデザインに引き付けて考えると、大学院で経営を学んで、栄養と経営の二つの視点を持っていることが、強みになっています。

  • 肥塚

    大学院には、会社でマネジャーをやっている人もいれば、経営者の人も、会計士の人も学びに来ているでしょう。みなさん、自分の将来的なキャリアや希望を秘めながら来ているわけです。ポジショニングや他の考え方などを活用して自らのキャリアをどう形成し構築していくか、組織として個人として、二重に戦略的に物事を発想して考えていくのが大切です、ということを、強いメッセージとして言っていましたね。

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経営学はどんな業界でも活きる

  • 田中

    私は、栄養士向けの講演をすることが多いんです。経営学を学ぶことはすごく大きいと話すのですが、なかなか後についてきてくれない。

  • 肥塚

    養成校で 経営を教えてほしいよね。例えば、ヨーロッパの料理学校や菓子学校では、マーケティングや経営をカリキュラムに入れてますよ。日本は、やっていてもおざなりだし、ちゃんと教えてない。その差は大きい。ビジネススクールは、敷居が高いかもしれないですけど、その前の段階でちゃんと教えるべきです。

  • 田中

    経営を学びたい学生が減っていますし、深く教えられる教員がいないという問題もあるんですよね。

  • 肥塚

    なるほどね。食をわかっている人がいない…。

  • 田中

    そこを養成していかないと。給食経営管理論の中の「経営」に留まらず、食ビジネスの「経営管理」を教えることができる人が極めて少ないんです。

  • 肥塚

    教える人材を作るしかないですよね。

  • 田中

    はい。本当にそうです。だから、もっと私、動かないといけないんです。

  • 肥塚

    教えられる人たちは世の中にいるんですよ、きっと。その人たちに教える力量があっても、教え方っていうのがあるからね。また、教材の問題もある。教材をちゃんと作ったり、教えるために必要なことを組織化したりするのが重要だと思いますよね。将来、設置される食マネジメント学部の大学院 でぜひやってください。

  • 田中

    一番大きな課題ですね。

  • 肥塚

    教える人を大学院で養成してもいい。習うのは、みんな養成校で習ったらいいし、それで十分ですよ。

  • 田中

    企業の社外取締役もしていますけど、食に強いだけでなくて、経営もわかるところがすごく大事で。ビジネスという共通言語を学ばないとそういう場に呼んでいただけないんですよね。だからビジネススクールは必須。上場企業の役員は必須ですよね?

  • 肥塚

    残念ながら、日本はそうなっていないですよね。ある調査によると、アメリカは部長の40%以上はMBA卒。ヨーロッパもアジアも、どんどんビジネススクールが増えてます。だから、放っとくと日本は遅れていきますよ。ビジネススクールの基礎的な科目は世界中で大体一緒で、世界中のビジネスパーソンはみんな知っている。ビジネススクールの関係者として、日本がそこから取り残されていくのが怖いですね。

  • 田中

    取締役会や経営会議の議題は、基本的に会社の経営戦略や投資、そういう話です。基本的には経営の用語を知らないと決議すらできない。事前に配られている資料すら読めないこともある。経営学をやっていないと無理です。

  • 肥塚

    食や流通の世界は、まだまだビジネススクールに来る感じにはなってないですね。医療関係はこの10年でますます増えていますよ。医師、歯科医師、薬剤師、看護師、それから理学療法士。とにかく医療関係者が多い。病院や介護施設、事業所も経営が必要な時代になっている、という意識を持つ人が増えています。そういうのが、食の世界にも来るんじゃないかな。来てほしいなぁ、と思いますね。

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想像できた?30年後の食の未来

  • 田中

    食の世界を見すえて、食マネジメント学部を学校法人立命館は作ったと思うんです。「食」を取り扱う学部を経営、経済をベースに作ったのは大きいですね。今までだったら、栄養や農学をベースに食を学ぶという子たちが多かったのですが、実際に学部を創設したら、栄養や農ではないところを学びたいという学生が大勢いて…。受験倍率が10倍。それだけ社会的ニーズがあるんだと思っています。社会的ニーズはあるし、多くの人は一日3回食べている。でも食についての議論があまりされてないでしょう。そこは、私がやっていくべきなんだなと。

  • 肥塚

    実は、食って僕にとってはあんまり近くないんですよ。唯一、食に関わったのは、日清食品の本を書いたこと。創業者の安藤百福さんが立命館の専門部で学ばれたという経緯から、寄付してくださることになって、日清食品のマネジメントに関する本を書きました。食品加工会社のビジネスについての本でしたね。あの会社は、おいしさをどう感じることができるのか?を脳科学の観点から熱心に研究されていて。有名な石毛直道先生※1とも親しくされていて、食を文化として捉える、ということにも取り組んでました。最近読んだ『「食べること」の進化史』という石川伸一先生の本の中で、食をアートとデザインとサイエンスとテクノロジー、4つの視点で見る、という話があって、非常に面白いなぁと思いましてね。この4つの視点は、MITメディアラボの石井裕氏がAIの時代に関してのべたもので、これを料理を理解する際の視点になるとこの本ではのべています。また、料理は、食材と調理と思想とも書いてあったね。「そうか、食材と調理は違うんか」「なるほど。こういう見方があるんだなぁ」と思いました。確かに食材や調理のレベルで考えると、テクノロジーの話やデザインの話が関わってくるんやなぁ、と。田中さんのプロジェクトは"2050みらいごはん"でしょう。2050年の食をどう見るのか?と考えた時、外部環境をどういう切り口から見るのか?サイエンスやテクノロジーが手がかりになるのか、と思いました。

  • 田中

    サイエンスの進化は、やっぱり大きいと思うんですよね。1980年に「ビタミンバイブル」っていう本が出て、このまま何十年かしたら、みんなビタミン剤を飲んでるんじゃないかという議論もあったんです。

  • 肥塚

    ううーん。なるほど。

  • 田中

    あれから35年ほど経って、サプリメントは増えました。でも補助的には使っても、それによって食事が大きく変わったわけではない。変わることはまずない。2019年の今は、培養肉や3Dフードプリンターなども出てきましたが、ガラッと変わることはないんだろうな、というのが今の私の感覚的なところなんです。

  • 肥塚

    サイエンスやテクノロジーを使うのは、よく議論されることなんだけど、たとえば、コンビニ弁当やおにぎりをみんなが買うことを、30年前、40年前に想像できました?多分想像されてない。

  • 田中

    コンビニエンスストアはあったんだけど、こんなに広がるとは誰も思ってなかった。まさか中食市場がこんなに大きくなるとは…

  • 肥塚

    まったく思ってない。

  • 田中

    私たちの学生時代は、コンビニは高いけど必要に迫られて買いに行く店、という使い方でした。夜中に緊急事態になったら、行くっていうような。ところが、今は台所がわりで、近くにコンビニがあったら冷蔵庫いらないんじゃない?というところまで来てしまった。食は保守的だと思うけれど、食を支える仕組みは、かなり変わってきてる。

  • 肥塚

    相当なテンポで変わってきてますよね。30年経つとまた相当変わるんじゃないかな。

  • 田中

    ごはんをお弁当として持って行く習慣があったから、おにぎりやお弁当を売りますというのはわかるんですけれど、割子そばのような麺類をお弁当形式で、という発想はなかった。

  • 肥塚

    やっぱり科学や技術の影響は、提供の仕方という点ではすごい変化。

  • 田中

    料理が変わるんじゃなくて、技術が変わってくる。私の領域に引きつけて考えると、日常食という食べものは変わらないけど、提供する仕組みは変わってくるだろうなって。

  • 肥塚

    ますます変わるんじゃないですか。デリバリーはすごい変わるでしょう。

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超少子高齢化社会の食をめぐる考察

  • 田中

    ここに、先ほど先生がおっしゃった人口問題が関わってくるんですよ。ドラッカーが言う「すでに起こった未来」に目を向けると、日本は人口が減ってきます。世界的には人口が爆発的に増加して、で、食べるもの、特にたんぱく源が不足するということから、昆虫食も注目されているのですが、日本は人口が減ってくる。

  • 肥塚

    2015年国税調査では、2018年には95万人生まれるという中位推計だったんですけど、実際は92万1千人なんですよ。たった3年で下振れてるんですよ。びっくりですよ。

  • 田中

    3年後で下振れしてたら、どこまで減るんでしょうか。

  • 肥塚

    もうしばらくしたら90万人を割るでしょうね。2040年になると、18歳が90万人いないんです。2050年は、まだわからないです。ただし、何人生まれるかというのは、かなり可変的なんです。上振れする可能性もないわけではないんですよ。ゼロではないので、そこはなかなか難しい。トレンド的には90万人を割って、80万人に近づいていくと予想されるんですが、そうなるかどうかは、ちょっとまだわかんないかな。高齢者の方はわかってますから。2050年に何人になるかっていうのは、ほぼ確定した事実。変わんないですよ。

  • 田中

    私、2050年は85歳なんです。85歳になって自立できなかったときに、今、市場に提供されているサービスの延長線上だったら嫌だなと思ったのが"2050みらいごはん"の始まりなんですよね。

  • 肥塚

    ほほぉ〜。85歳というのは、自立した生活を営むことができない人の比率が3分の1を超えるんですよね。3分の2は自立した生活できます。でもね、介護の世界で論じてる介護食は柔らか食。元気な85歳、90歳の人は何食べるの?そっちの方が多数派なんですよ。元気な人は何食べるの?というのは重要かなと思いますね。

  • 田中

    だいぶ中食も増えてきましたけど、売ってるものは一緒なんですよね。栄養士的な考え方かもしれませんが、食品→食事→食生活というふうに変わってくる。食品はネットスーパーでも手に入るけれども、それを集めて調理して食事にするわけですが、朝昼夜で変化を求め、季節の変化を求めていった時に、単にネットスーパーで手に入れるだけではない部分がたくさんあるだろうなと。市場に行ったとしても、食品買うだけじゃなくて、そこで会話があったり情報を仕入れたり。マーケティングでは「製品は便益の束」と捉えていますが、買い物は、単に食品を手に入れるということ以外の便益が多いんだろうな、と思っていて。そこも含めて食生活を支える仕組みづくりをしていかないと。物が手に入ったからいいでしょ、って話じゃない感じがするんですよね。先生がおっしゃったように、介護も「柔らか食があればいいでしょ?」ではなくて、他に求めてるものがいっぱいあって、そこを含めて支えていかないと、なかなか85歳は納得できない。栄養的にはいいけどね、というもやもやが出てくるんじゃないかな、と。

  • 肥塚

    今の配食サービスは、パターン化されて、それの繰り返しになってるんですよね。85歳の人が一人で生活してるかどうかも大きい。既に単身者世帯が主流ですし、超少子高齢社会というのは、単身世帯が主流の社会なんですよ。単身者がどう食を取るのかを、よくよく考える必要がありますよね。

  • 田中

    昔は6人家族、4人家族でしたが、だんだん家族内人数が減っていくと、作るコストを考えるんですよね。コロッケにしても、たくさん作ると安くでできるんだけれども、1人で自分が食べる1個か2個を作ろうとすると、時間もかかるし、1個当たりは買うよりも高くつく。そうなると作りたくなくなります。高齢者になっても、2人暮らしだったらまだ作ろうかなって思うけど、1人になるとね…。

  • 肥塚

    これは、女性の問題でもありますよ。おひとりさまで長生きする全体数は、圧倒的に女性ですから。どんな日常の食事をするか、は大きいテーマやと思いますね。単身世帯問題は、食の未来を考える時にめちゃくちゃ大きいテーマですよ。

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変化していく食を取り巻く状況

  • 肥塚

    ガストがひとり席を作ったでしょう。もう、びっくりですよ。そんな時代になったんや、ってね。ファミレスではないですよ、ひとり席が並んでるんだもん(笑)。まあ、大学生協も、ひとり席がどんどん増えてますよ。

  • 田中

    ひとりで食事するのも気楽ですよね。栄養士的な話では、どちらかというと「みんなで食べる」ということに価値を見出しているので、ひとりで食べることについてはネガティブな意見が多い。

  • 肥塚

    そうそう。それ、聞いてみたい。

  • 田中

    あれ、違うんちゃうかな、って思っていて。先生は、いかがですか?

  • 肥塚

    アリですよね。個食の個を、孤独の孤という刷り込みで読むから、どうも…ってことなんですけど。

  • 田中

    1人で静かに食べたい時もあるでしょ?年配の方じゃなくても、小学生でもゆっくり食べたい子もいますよね。1975年(昭和50年)ぐらいに完成した「日本型食生活」というのがあるんですけれど。食事そのものを指すだけではなく、その頃の家族団らんで食卓を囲むような食事風景も。

  • 肥塚

    ごく最近の話。それが神話化してる側面がありますね。

  • 田中

    専業主婦がいて、朝から今日の料理とか3分クッキング見て、お昼からお買い物に出て、買い物に行ったら食材の流通も整っていて、食材を買って作って、料理のバリエーションも増えていった。でも、昔は毎日々々同じようなものを食べていた。そんなに、毎日変化しないといけないんでしょうか?

  • 肥塚

    どういう食事をどういう形態で食べてきたのかを、ちゃんと押さえといた方がいいと思いますよ。少なくともこの150年、明治以降でもいいですけど、どういうふうにみんな食してきたのか、都市で、農村でどういう食事をしてきたのか、もう1回事実を踏まえた方がいいですよね。

  • 田中

    私の感覚でいうと、1980年頃から2007年のリーマンショックの前まではかなり豊かな時代だったと思うんです。

  • 肥塚

    賃金はご存知のように、1998年がピークで、ここから回復してない。緩やかに落ちていく感じになってますよね。2極化は進んでますし、日本全体としては、そんなに豊かでなくなってきてるじゃないですか。この20年で日本は一人当たり所得はマイナスなんですよ。マイナス7〜8%ぐらいかな。ところが、お隣の韓国は2倍になってますね。アメリカだって1.5倍ぐらい。みんな、所得はどんどん上がってるわけです。そういう意味では、日本は相対的に貧しくなっている。でも、日本は食べものも施設もサービス品質も高いですよ。

  • 田中

    そうですね。飲み・食べ放題3,000円なんて、世界中にないですよね。このクオリティで、衛生度合いもサービスクオリティも保ちながら。安全安心な食事を提供し続けられるっていうのは、対価を取ってない。海外は高いです。夜は5,000円から、お昼もほとんど2,000円。

  • 肥塚

    マクドナルド価格が象徴してます。高いでしょ、海外は。日本は安い。これ、考えないといけないですよ。

  • 田中

    単に生産性云々というだけの話ではなく、物価をどうするかって、難しいと思うんですけど。これをずっとやってると、食はなかなか厳しい産業になるなぁって。

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団塊世代が後期高齢者になったら

  • 田中

    先ほど医療の話・介護の話が出てきたんですけれど、私、栄養士でありながら、臨床栄養とあまり接点がなく。医療経営としての食って、どうですか?

  • 肥塚

    病院食には、医療行為との関係で、どういう食事が必要かという観点で考えざるを得ない点があるんですね。治療のプロセスで栄養的にも必要性があって、やらざるを得ないことがあるんだろうなと。それに比べて介護は日常。高齢者や介護を必要とされている人の食は、どんどん進んでます。でも、私はまだ歯も丈夫だし、この年齢だから、それを食べてどう思うかっていうのは、また違うんでね。全体的に体力も落ちてきたときに、あの食事をどう感じるのか。実際に介護を必要とされている方が、あの食事をどう考えておられるのか、ということを見ないといけない。決して、我々の世代が評価することじゃないと思ってはいるんです。

  • 田中

    あぁ、そうですね。

  • 肥塚

    団塊の世代が後期高齢者になるのが2025年だと言われています。今、介護を必要とされる方や施設に入っている人は80代後半以上の人。その人たちはいつ生まれているか、分かります?。今90歳の人は、1930年、昭和5年生まれ。昭和ひとケタなんですよ。かなり上の人は、大正の終わり。我慢強いんです、みなさん。

  • 田中

    戦争をくぐってらっしゃる。

  • 肥塚

    文句があってもそんなに表明されない。我慢する世代と言われていて、実際そうなんですよね。もちろん人間ですから、文句もあるんですけど、そんなに声高に主張されない世代なんですね。これが、団塊の世代の人たちが介護を必要としたり、介護施設に入ったら、何が起こるか?。黙ってるはずがない。あの人たちはハッキリ意見を言うので。この、ハッキリ意見を言う人たちをどういうふうにケアしていくのか?「今の介護のあり方では全く通用しないよね」というのは、みんな言ってるわけですよ。

  • 田中

    戦後民主主義の時、ボリュームゾーンですもんね。

  • 肥塚

    ティーンエイジャーから大人になる頃は高度成長期。バリバリ働いている時代は、日本の食は、ある意味では良くなっていった。そういう人たちが高齢者になった時に、あるいは介護を必要とした時に、何を食すのか?この世代の人たちと話し合わないといけないと思います。何が必要ですか?とね。食事はもちろん重要なことですけど、どんな生活をするのかも大事で。どんな生活をされるのか、外で食べるのか、中で食べるのかなども含めて考える必要があるでしょう。高齢者が好む食、と言うのは簡単ですが、食の好みは年代によって変わるし…。

  • 田中

    世代というより、個人的な、育ってきた所も大きいんじゃないでしょうか。私の祖父は1900年代初めの生まれだったんですけど、70代で入院してる時に、病院食は嫌だって言って、ひたすらパンを買ってきてほしいと。それも、クロワッサンみたいなバターたっぷりのパンが好きでした。おそらく、大正のいい時代に暮らしてるんですよね。あの頃の食生活が刷り込まれてる。だから団塊世代が高齢者になったら、その歴史とともにいくのかな、って感じがするんです。

  • 肥塚

    もしそうだとしたら、要素としては都市化ということを考えないといけないかもしれないですね。都市における生活様式や食事と、都市ではない地域の食事。今はあんまり差がないかもしれませんが、当時はかなりの差があったわけです。日本の都市化は1950年代、1960年代に急激に進んでます。団塊世代は、日本の都市化とともに、都市に住むことになった世代。次男さん、三男さんが、都市で生活していく最初の世代なんですよ。その世代の多数派がまるごと都市で生活する、となっていったんです。だから、当時の都市での食生活を引きずるんかなぁ、と思いますよね。

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都市化から、みらいごはんを考える

  • 肥塚

    世界全体が急激に都市化してる訳ですよ。都市化比率が、今もう55%ぐらいです。これが2050年になると、世界人口のうちの67、8%が都市で生活しているんですよ。そういう意味では、世界全体が都市生活で、都市的な生活様式で、都市での食生活に変わっていくんですよね。

  • 田中

    あぁー、そうかぁ。都市化っていうのは、私の中で抜け落ちていた部分ですね。

  • 肥塚

    今話している“都市化”は、人口密度が高いという意味ではなくて、都市的生活様式。そこでの食のデリバリーは流通業が手配してくれます。都市はそうじゃないですか。流通業が全部やる。でも地方はそうでもないですよね。自分でやるところもけっこうな比率であるでしょ?地方だと農家があって、親戚があって。

  • 田中

    お米作ったからもらってきたりとか、ありますね。

  • 肥塚

    都市でそんなことは基本的にはない。しかもデリバリーは流通業、小売業にほぼ100%依存する。加えて、都市の方が単身率も当然高いわけですよ。都市でないところの方が単身率低いわけです。個人と集団性。人々の関係性ですよね。世界中どこでもそうですけど、都市化すると関係性が相対的に弱くなる。都市でないところの方が、人間関係は密になる。密になる人間関係の中での生活や食が営まれるんですけど、都市だとそういうことはない。人間関係が希薄化し、個人性がより高い生活となる。そのことが食にも当然影響するという観点は必要と思いますよ。世界の発展を見たら、途上国新興国も似たような生活でしょ。アジア行っても、どこ行っても、みんなスマホ持ってる。どこ行ってもショッピングモールがある。どこでもあんまり変わんないですよね。ファッションもね。そういうところで、ハリウッド映画を観たりしてるわけです。音楽も最近グローバルじゃないですか。それが都市なんです。都市っていうのは世界全体で共通するんですよ。都市でないところは、どの地域でも非常に固有性があるんですけれど。また、日本全体でも都市は共通性があります。その中で、食をどう考えるのかも大切だと思いますね。

  • 田中

    先生に頂いた都市化というキーワード。私の中では落ちていた部分でもあります。そこを考えながら2050年の食生活を深めていきたいです。ありがとうございました。

  • ※1石毛直道
    日本の文化人類学者・民俗学者。国立民族学博物館・名誉教授。専門分野は文化人類学食事文化・比較文化。

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肥塚浩

肥塚浩

  • 立命館大学大学院 経営管理研究科教授 研究科長 医療介護経営研究センター長。1984年立命館大学経済学部卒業。1990年立命館大学大学院経済学研究科 博士課程後期課程。研究テーマは経営戦略・大学経営・医療経営。1992年に島根大学へ赴任し、1995年より立命館大学で教鞭を取る。2000年~03年は立命館アジア太平洋大学、2004年より再び立命館大学で教育研究活動に従事している。

  • ライター:宮前 晶子
    カメラマン:田口 剛
    ヘアメイク:濱 みづえ