2050食生活未来研究会

第11回目を 迎えたクロストークのゲストは、子どもの貧困を「自炊力」ではね返す食育活動や女性アスリートの妊娠・産後期の栄養サポートを行うフリーランスの管理栄養士 大野尚子さん。現場で感じたこと、今後の抱負についてお話しいただきました。

全国の家庭の食生活に触れた国立健康・栄養研究所時代

  • 田中

    本日は食STEP代表の大野尚子(おおのしょうこ)さんをお迎えしました。4月1日発行の『日本栄養士会雑誌』の表紙を飾る「今月のトップランナー」として登場する管理栄養士さんです!

  • 大野

    大野です。よろしくお願いいたします。

  • 田中

    4月号では「トップランナーたちの視点」というコーナーで、4ページも取り上げてもらってますね。すごい!

  • 大野

    ありがとうございます。様々な方からのご縁でこのような機会をいただきました。表紙をまだ私もみていないので、手にするまでドキドキしますね!

  • 田中

    対談を行っている今日は3月7日。新型コロナウイルス感染症の予防のために、遠隔対談です。まわりに誰もいないので、DJ調でやっていきたいと思います。

対談写真

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  • 田中

    尚子さん、北海道生まれですね。なんと7人兄弟!お兄ちゃん以外は全部いるという。

  • 大野

    そうなんです。2番目の次女でございます。姉、私、弟、その下が双子の妹、弟、弟。実は3日前が誕生日で、ついに30代最後の1年に突入しました。

  • 田中

    おめでとう!

  • 大野

    浩子さんと出会ってから本当にあっという間で、13~14年が過ぎ去ってるんですけども。

  • 田中

    私と出会う前に、転勤族の妻、「転妻」が始まってるのよね。

  • 大野

    そうなんです。就職するところまではずっと北海道暮らし。
    結婚1年後に転勤族になりまして、札幌から埼玉に移動しました。埼玉では7年ぐらい暮らしたかな。浩子さんの本が出版されたのは、札幌時代だったと思うんですけれども。

  • 田中

    『活躍する管理栄養士―16人のキャリアデザイン』を出版したのは2005年。札幌では、栄養士として働いていたのよね。

  • 大野

    そうです。北海道では、新卒で給食委託会社に入り実務経験を積みました。その後食品会社で商品開発の仕事につき、管理栄養士の国家試験に合格した後は、老健(老人介護保健施設)で施設の栄養士をしていました。ちょうど入所者の栄養ケア・マネジメントが始まった年で、病床に上がって一人ひとりのカルテを作るところからやっていましたね。夫の転勤で埼玉に移動になって、せっかくだから都内で働こうと思った時に、国立健康・栄養研究所(以下、栄研)がちょうど職員を募っていて、技術補助員として採用されました。仕事内容としては、年に1回行われる国民健康・栄養調査を集計・解析するプロジェクトに所属し、全国の保健所から送られてきた食事調査の原票の内容確認や毎年ある調査の準備などを行っていました。研究者の先生のもとで、北海道から沖縄まで食事調査のフィールドワークに訪れる、そんな日々を送っておりました。

  • 田中

    こんなふうにサラッと話してるけど、栄研で働くっていうだけですごいのよね、この業界って。

  • 大野

    本当に運がよかったと思います。

  • 田中

    栄研で、しかも国民健康・栄養調査に関わるってことがすごいのよ、本当に。栄研にはそれ以外にもいろんな仕事がある中で。

  • 大野

    本当に濃かったですね。栄養調査の原票を見ることができるのは、あの部屋にいるスタッフにしかできないので。フィールドワークではさまざまな食事調査手法も学びました。それは、現場で数をこなしてきた先生からじゃないと教えていただけないようなことで。教科書にはもちろん載っていますけど、現場で実際に、そういう業務に携われる、精度を管理してデータとして積み上げていくための基礎データを作っていく、という部分のスキルをたくさんつけさせてもらいました。今の自分の基礎にもなるような大切な7年間だったと思います。

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2人の出会いのきっかけは書籍

  • 田中

    なるほど。その栄研時代に、 たまたま手に取ってくださったのね、私の本を。

  • 大野

    そうなんです。25歳ぐらいだったんですね。栄養士って何なんだろうっていうのを考えるようになって…。16人の活躍する管理栄養士の話が載っている本に出会いました 。女子栄養大学の雑誌『栄養と料理』も読んでいたのですが、時を同じくして、浩子さんが『栄養と料理』に登場して(笑)。

  • 田中

    栄養士のためのマーケティング入門「経営のわかる栄養士になる」というページですね。変わった人がいる、この業界に…と(笑)。

  • 大野

    キラキラ輝いて見えましたよ!同時期に、mixiが広まって、管理栄養士のコミュニティに出会ったんですね。それがたまたま同女(同志社女子大学)の浩子さんの後輩の方で、一緒にコミュニティを立ち上げようという話になりまして。結果的に3000人ぐらいのコミュニティになりました。全国の方と交流したり、実際に関東でオフ会をしてみたりとか。その中で浩子さんとも繋がるチャンスをいただいて、2006年に筑波で開催された日本栄養改善学会の学術総会でお会いしたんですよ。

  • 田中

    そうなのね。2006年って、私が“静かな食育”という言葉を使いだした時。その時に尚子さんが突撃してきた(笑)。

  • 大野

    本当にそうです。前日、眠れなかったんですよ。どうしよう、スター田中さんに会える、みたいな。本当に、そこから新たなステージが始まったという感じで。現場でやってきた事を、まとめて学会発表するのも、この頃、栄研の先生に教わってはじめてチャレンジしたような時期でした。

大学編入、猛烈に勉強する

  • 田中

    同時に社会人大学生になったのよね。

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  • 大野

    はい。短大卒だったので、日本女子大学に編入したんです。栄研の仕事と並列しながらリポートを書いたり、土日はスクーリングに通うという勉強漬けの日常を送っていったのが20代の後半。

  • 田中

    日本女子大学の通信課程って、スクーリングが多くて、卒業するのがすごく難しいと聞いています。

  • 大野

    本当に大変でした。ボーッとしてたら全然お話にならない。特に、食物学科は他の2つの学科に比べて必修単位が多いんですね。基本的に通学の学部生と共通の評価で卒業しなきゃいけない。リポート科目はリポートを出して合格して試験に進むのですが、まずリポートの審査がとても厳しいんです。テストは年に5回しかなくて、その中で午前午後の科目がちゃんと決まっているので、スケジューリングも大事になってくる。履修も含めて全部自分で管理していくのが社会人学生としてのやり方というところで。本当になにも知らず一人で入学したところから、スクーリングで友達を作って方法を聞いてみたりしましたね。何年も一緒に乗り越えた人は仲間になっていって、卒業セミナーは軽井沢にある日本女子大の寮でやるんですけど、軽井沢に行くっていうのが、みんなのひとつの目標でした。軽井沢セミナーは本当に楽しかったです。

  • 田中

    卒業論文は書く人少ないのよね。

  • 大野

    必修ではないので。私は栄研にいたので、先生と交渉して自分の担当した食事調査で卒業論文を書かせていただきました。水面に潜るように一生懸命ひたすら積み重ねて。気がつけば卒業できたっていうような感じです。

  • 田中

    2007年頃かな…。起業していた頃、「Taste One-Tokyo」というチームを作っていて、尚子さんはそのリーダーで、…東京セミナーやオフ会を結構やっていた頃。

  • 大野

    東京でやってましたね。学生さんにもお手伝いいただいて。

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TABLE FOR TWO(※1)でプロボノとして活動

  • 田中

    その頃、私は大学院の博士後期課程にも通っていて。尚子さんはTABLE FOR TWO(以下TFT)に参画するようになった。

  • 大野

    はい。2010年より参画したから、もう10年ぐらいになるんですよね。

  • 田中

    大学院で経営学を専攻していたので、TFTの活動、そして代表の小暮真久さんにも興味を持ちました。発展途上国の子どもたちのために、売上の一部を寄付に回すということは、これ以前にも外食産業で行われていました。一方通行的な寄付ですね。それに対し、TFTは世界の約70億人のうち、約10億人が飢餓や栄養失調の問題で苦しむ一方で、20億人近くが食べ過ぎが原因で肥満状態にあるという深刻な食の不均衡を解消するためのプログラム。社員食堂や学生食堂、外食産業などの導入企業において、栄養バランスが良いメニューを食べることによって20円が寄付され、発展途上国の子どもたちの給食となる、双方が幸せになるプログラム。そして、それが単なる慈善事業ではなく、ビジネスとして持続可能なものであることが画期的でした。今は、もっと広がっていろんなメニューやモノを買って、このプログラムに参加できるようになっているけど!

  • 大野

    はい、社会貢献とビジネスを同時に解決していく、っていうのがすごく大事なミッションとして今も変わらずありますね。

  • 田中

    プロがプロとして仕事をしていくという関わり方にもなるほど、と思いました。

  • 大野

    プロボノって言うのですが、栄養士は栄養士として、弁護士は弁護士として関わっていくんですよ。

  • 田中

    単にボランティアをしますっていうものではなくて、専門知識や技能を生かして参加する社会貢献活動ですね。

  • 大野

    そうですね。今はちゃんとお仕事としてやらせていただいてますけども、最初はプロボノとして関わっていました。栄研の仕事が17時に終わったら、TFTに行って、という。TFTもスタートアップ3年目ぐらいでちょうどボランティアも増えてきた時で、夜に行くと誰かいて「ちょっとこんな企画があるけれど、どうだろう?」っていう話し合いがそこで生まれて、「こうしたらいいよ」と問題解決が出てきたり、「こういうイベントをやるから、私はこんな風にこれができる」と手を挙げたり。そういうふうにサポーターが何人もいたんです。

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国内にある問題に目を向けるように

  • 田中

    この活動は国際貢献なんだけど、よくよく考えたら日本の中でも食事に困っている人がいるじゃない?ってとこに目が向くようになった。

  • 大野

    そうなんですよ。やはり子どもの貧困ですね。最近は、知られるようになりましたけど。いろんなお声をいただく中でTFTとして国内支援で何ができるかとなった時にやっぱり食なんですよね。実際に、今の日本では7人に1人の子どもが貧困状態に置かれているんです。、それで、子どもに向けて何か行動しようということになって。学習支援塾さんと組んで、国内の低所得層の子ども向けのプログラムを立ち上げました。その活動が去年の春から。

  • 田中

    そうよね。メディアも取り上げてくださったり、2019年9月の日本栄養改善学会の自由集会での発表も。今、子どもたちの食事、特に所得が低い方の食事は、子ども食堂に頼りがちなんだけど、子ども食堂って大人の都合で突然なくなっちゃったりするのよね。

  • 大野

    そうなんですよね。

  • 田中

    多分今回も、新型肺炎の感染拡大を防ぐために、集まっちゃいけませんとなってるでしょう。これは、大人の都合じゃなくて社会の都合なんだけど、そうなるとじゃあ、子どもたちの食事はどうなるの?って。

  • 大野

    そうなんですよ。

  • 田中

    昨日までご飯食べられたのに突然食堂は閉まりました、今日のごはんはないです、みたいなことが起きているんじゃないかと。それが前々からすごく気になってたのよね。尚子さんがこういう活動始めたんだよって聞いて、そうそう、そこなのよって思いました。やっぱり食べる力を付けていかないと。それは、所得には関係ないと思うんだけども。

  • 大野

    そうなんです、本当は。

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自炊を教えることは教育!

  • 田中

    昔、中食・外食がなかった時は当然作らなくちゃいけなかったんだけど、便利になってきて買えるようになってるんだけどね。作り方は習得しておきたい。結構、大変なのよね。「作り方教えたらいいよね」って言うんだけど、そうそう簡単ではないのよね。

  • 大野

    簡単ではないですね。自炊を教えるってやっぱり教育だねってことで。そこがいちばんやりたかったこと。貧困には教育が大事だってずっと言われているでしょう。一回教われば、絶対になくならないものですよね。教育を受けたところから、自分の力として、スキルを付けていけば、必ずそこで工夫を生み出すと思うんですよ。大事なことだと気づいていたら、そのサイクルを回していくことにもなるし。そのことを知らないからできないというのが生活貧窮層の方には多々見受けられるので、教育の一つとして自炊のスキルを上げようというのがありました。

  • 田中

    そういう思いで、今回の活動ね。

  • 大野

    はい。今回は困難な状況にある子ども達を支援している学習支援塾さんと、一緒にやらせていただいてるんですけど、現場の教室の先生もすごく理解があって。実際、開講日に食事提供をしている場所だったので、十分に設備も整っていて、調理器具もあって。先生の協力ももちろんあって実行できました。

  • 田中

    このプログラムは尚子さんが基本的に一人で立ち上げたわけでしょ?

  • 大野

    事務局のメンバーと一緒にですけど、専門家としては私ひとり。

  • 田中

    細かいところは、一人で詰めていく…。

  • 大野

    テキスト作りは、TFTのスタッフ、デザイナーと皆でつくりあげました。私一人では視点が欠ける部分も、補っていただいて。当初はパワーポイントで作っていましたが、TFTのボランティアの高校生が、手書きイラストを入れてくれて。親しみやすく見やすいものになりました。どうやったら子どもたちが、勉強と思わずに楽しくやれるかっていうのを考えましたね。当日は、私が先生になって調理と講義をする、という形態でやらせていただきました。

  • 田中

    やってみて大変だったこと、あります?

  • 大野

    最初は、座学の日と実際に調理する日を分けたんですね。一番最初を、座学だけの日にしたら誰も来ない(笑)。やっぱり食事ありきだなってことに気づいて。

  • 田中

    そうなのよね。

  • 大野

    これではいけない、ということで、その日のうちにプログラムを全部変更して。座学と調理を組み合わせて行うことにしました。調理して、お腹いっぱいになった後に、テキストを使って、「これどう思う?」なんていうふうに聞いていって。

  • 田中

    うん、うん。

  • 大野

    彼らに一番響いたのは何なのかっていうと、お金の話をした時なんですね。食費っていうのは、「自炊にすると、 一食分はこれぐらいの価格で、こういうものを作れますよ」と3日分のレシピをテキストに載せたんですね。1食220円ぐらい、高く見積もっても250円ぐらいでできるものを紹介して、献立を立てていったんですけれども。単純に1日あたり250円×3食を計算して。それを1ヶ月やったらいくらになるか。じゃあ、中食だったらどうなる?ってことで、1回800円ぐらいするよね。それが3食で30日だったらいくら使うことになるのか。外食の場合は、1000円超が3食で30日続いたら…。金額を彼らに、スマホの電卓を使って計算をしてもらったんです。その時の金額の違い、「あ、こんなに違うんだ」と、そこで実感として得たんですよね。

  • 田中

    なるほどねぇ〜。

  • 大野

    この話をする前に、「手元に500円あったら何食べる?」みたいな話をした時は、「飲み物とおにぎり」って答えが出たんですけど。自炊なんていう発想 はとても出て来ない。「150円あったら?」って聞いても、やっぱり飲み物で凌ぐ。「おにぎり買う」って言った子どもが少なかった。受験勉強期間なので、より目を冴えさせるためにコーヒーを買うっていう子もいましたし。なかなかやっぱり、お膳に乗ったご飯みたいなイメージは彼らの中にはなかったんですよね。

  • 田中

    そう…。

  • 大野

    それが、実際にお金で計算していったことで、「自炊ってこんなに安く出来るんだ」という気づきがあった。「こんなに安くてもこんなに整った食事が出来るんだ」ということを、私が示した3日間の献立を見て思う。そして作って、食べて実感する。「あ、出来る。今、僕、私たちは全部作ったから」ということを実感するんです。食事を管理していく中で、何をどれだけ食べたらいいのかっていう健康面での教え、これはいわゆる従来の食育と同じだと思うんですけども、それに加えて食費がいくらになるかという家計面でのアドバイス。この二つを同時に教えていくっていうのが、やっぱりこのプログラムが他の食育とは違う点だと思います。

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大野メソッドとは、自分で作る力とお金の管理

  • 田中

    「2050みらいごはん」のプロジェクトの中でも言ってるんだけども、昭和ってみんなが同じ方向を向いて一本道を駆け上がっていた時代だったんだと思う。第二次世界大戦が終わって20年、30年で一気に食事、栄養状態が良くなった。でも、令和になると、所得もバックグラウンドも価値観も多種多様でしょう。その中で、ひとつのやり方だけを唱えるのが難しい。こういう人にはこうですよ、っていう何種類かのパターンが必要だと。こんなにいっぱい栄養士がいるんだから、ひとり一案出せば結構たくさん案が出てくるじゃない?と。私は田中メソッドなんだけども、大野メソッドだってあるのよね。

  • 大野

    そうなんです。今話したことが大野メソッドなんですよ。

  • 田中

    自分で作っていく力とお金の管理って話よね。これはすごく大事なところ。おにぎりをコンビニで買ったら100円。食パン、安い所で買うと6枚切りが一斤買えます。超特売で小麦粉750g100円で買うと、うどんになるよねっていう話。おにぎりだと1回で100円が胃の中に入るけど、小麦粉からうどんを作ったら10回食べられる!みたいな話になってくるもんね。それは子どもだけの問題じゃなくて、これからは長寿化していくから、大人の問題にもなってきますよね。ご高齢の方も使えるお金が限られてくる中で、栄養を整えていかなくちゃいけない。

  • 大野

    本当そうですよね。

  • 田中

    病気になると、医療費もかかるし。限られたお金でもこんなに食べることができますよ。自分で作ったらこれできますよということも伝えていく必要がある。今は、まだ子どもに対象を絞って活動してると思いますが、食事にお金をかけられないという層が、もっと大きくなってくる可能性はあると思ってます。

  • 大野

    そうなんですよね。もっとこう、セグメント化していくっていうことを浩子さんも仰ってますけど。管理栄養士は理想の食事についてもちろん習ってきているんですけど、理想の食事を語っても、実際目の前の人がそれをやれるかって言ったら、できない人もいるわけで…。では、どんな食事を提案していくのか?が本当にこれからすごく大事で、求められていることかな、と。

  • 田中

    そうよね。平成30年「国民健康・栄養調査」の結果の概要が1月に出たけど、結果の一番最初が、「第1部 社会経済状況と生活習慣等に関する状況」で、まず「所得と生活習慣等に関する状況」からとなっていましたね。

    果物摂取量が 100g 未満の者の割合は、世帯の所得が 600 万円以上の世帯員に比較して、女性では 200 万円未満の世帯員で有意に高い。

    今まで所得を気にせずに、「果物200g食べましょう」と提案していたんですよねぇ。一人200gで家族4人だと、1ヶ月で果物代にいくら使うの?となるのに…。

  • 大野

    そうなんですよ。

  • 田中

    家にみかんの木がないと困りますよね、ってなりますよ。

  • 大野

    本当に。みかんの木がないと(笑)。

  • 田中

    みかんの木が家に1本あると、600個くらい取れるから、4人家族で1人あたり1日2個たべるとして・・・現実は、みかんの木を育てること自体が難しいので、そんな訳にもいかないもんね。所得と栄養の関係は、大きな課題となってきているわけですけどね。TFTとしては、今からどんな活動を深めていく感じなのかしら。

  • 大野

    そうですね。今回ご縁をいただいて、子どもの貧困に関わることになりましたけれど、引き続き、生徒さんたちとの信頼関係が保てるように関係づくりを大切にしたいと思っています。彼らの声を聴いて、またアップデートした食の学びを提供していきたいです。より具体的な献立のアドバイスをもうちょっと深めていくのと同時に、家計のアドバイスをどんなふうにしたらいいのか、というのは考える余地があります。というのも、アンケート調査をしたら、教室に参加した子たちの中で、家に帰って保護者にテキストなどを見せていたというケースがあったんですよ。「私も知りたい」という保護者の方がいらっしゃって。「そういうルートもありなんだ、親に直接じゃなくて、子どもがまず知って、親御さんにも同じような内容をお伝えできる可能性もあるんだな」と気づきました。いろんな可能性が見えてきたので、そういう部分を見出しながら、現場ではサポートしていく、一方で研究として、この活動をしっかりまとめて、継続していきたいという思いがあります。

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アメリカでの食育活動

  • 田中

    ちょっと話が戻るけど、国際的に、TFTの今の状況はどんなものなのかしら?

  • 大野

    USAの代表とちょうど昨日の午前中、ミーティングをしたところです。USAでもWashokuiku(和食育)というのをやっていまして。そのプログラム内容について話し合いました。そもそも、『食育』という言葉自体が日本のものなんですね。和食をベースにした食育をアメリカの子どもたちにやっていて、すごく好評だそうです。食事のバランス、いわゆるお皿数を揃えるところから始めて、食品廃棄などの問題を、「もったいない」という概念を、絵本などを通じてレクチャーしています。アメリカの小学校には放課後クラスというのがあるんですけど、そういう所でTFTが時間を持たせてもらっているそうです。

  • 田中

    それは面白い取り組み。

  • 大野

    「一緒にプログラムを考えてください」と言われた時に、「ターゲットはどこですか?」って聞いたんですね。それがすごく大事になってくるんで。小学生なのか、中学生なのか、高校生なのか。そうしたら、いやいやもう、アメリカは食育っていう概念がない、と。食事のことは自分でやってくださいというのが基本スタンスなんですよね。小学生向けと思ってこちらが話していても、オープンクラスにしたら大人も入ってくるし、人数制限をかけないと人が溢れかえってしまうような状況だそうです。「どんな内容でも誰にでも響きます」って言われて(笑)、それがまず、私としては衝撃!でしたね。「ターゲット絞らなくてもいいの?」みたいな。内容としてはごくやさしいもの、基本的には小学生ぐらいをターゲットにしたような内容なんでしょうけども。食に対する考え方自体がそもそも違うのだなぁと。そのなかで、私にできるお手伝いは、ぜひ今後していきたいと思っています。

  • 田中

    尚子さんを構成する柱が何本かあると思うんだけど、TFTも大きな柱のひとつですね。

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女性アスリート支援でスポーツ栄養の世界へ

  • 田中

    次の柱がオリンピックですね。私たちが通常JISS(ジス)と呼んでいる国立スポーツ科学センター。あそこにお勤めなのよね。栄研勤務もすごいけど、これもすごいよね。

  • 大野

    これも、2年前に転勤先の九州から東京に戻る際にご縁をいただきまして…。女性アスリート支援事業の外部協力者という立場でお仕事をさせていただいています。スポーツ自体は自分もずっとやっていたので、馴染みがあったんですね。

  • 田中

    バスケットボールをやっていて、強かったのよね?

  • 大野

    中学生の時に全国大会に出場しました。

  • 田中

    でも、スポーツ栄養の世界はJISSで初めて?

  • 大野

    はい。そういう意味ではいろんな経験をこの1年半ぐらいでさせていただいてます。手探りながら、トップアスリートの妊娠期、産後期の栄養サポートが私のメイン業務です。

  • 田中

    最近、出産しても選手活動を続けるケースが多いもんね。昔だったら、結婚が決まった段階でアスリートを辞めるのが普通だったんだけど、結婚して子どもを産んでも復帰する。選手生命も長くなってきてるものね。

  • 大野

    そうなんです。またオリンピックに出ようと思う選手もいますし、活躍している姿を子どもに見せたいと思って競技復帰していく選手もいらっしゃって。本当に貴重な機会を目の当たりにしています。

  • 田中

    妊娠・出産から競技復帰していくまでを実際にサポートして。

  • 大野

    従来のスポーツ栄養だと強くなるための食事、例えば体重の減量・増量や、パフォーマンス向上、コンディションの管理などが中心になってくると思うんですけど。そこにプラスして、妊産期の栄養の管理や女性医学的な知識も必要ですね。

  • 田中

    なるほどね。

  • 大野

    競技復帰のために、お母さんを卒乳させようと思ったら、赤ちゃんの離乳食も見てあげなきゃいけないので、離乳食の作り方やレシピを提供したりもします。赤ちゃんが夜寝ないと聞いたら、「こんなふうにしたら寝るかもね」みたいな保健師さんや助産師さんのようなアドバイスも。子どもの数だけいろんなパターンがあるので、私から何か教えるというよりは一緒に考えて、その時はこうかな、こうしようか、とアイデアを出してあげるようなスタンスですね。選手も、トレーニングやJISSに来る時間が唯一自分の時間なので、時間を大切に使わせていただいて、やっていくという思いです。実際、そういう選手が競技復帰や大会復帰をして、入賞したりすると、すごく嬉しいですね。「お母さんすごいなぁ」って。

  • 田中

    ねえ、すごい。

  • 大野

    バイタリティがすごいですね。選手の強さみたいなことも間近に見ることができたし。やっぱり妊娠期・産後期のサポートは絶対に必要です。今は限られた方しか受けられてないんですけど、こういうサポートがより広く行われて、JISS以外の場所でも取り組めるように、サポート方法についても現在、論文化しているところです。スポーツ栄養サポートをされている興味のある方の参考になるよう、しっかりまとめたいと思います。

  • 田中

    スポーツも尚子さんの柱のひとつになっていて。これからもどんどん柱が増えていきそうですね。

大野 尚子

大野 尚子

  • 食STEP代表。北海道文教短期大学卒業(2001)
    日本女子大学家政学部通信教育課程食物学科卒業(2012)
    給食会社・食品メーカーを経て国立健康・栄養研究所非常勤職員として勤務、2010年よりNPO法人TABLE FOR TWO Internationalに参画。現在はフリーランスとして活動しながら、国立スポーツ科学センターにて女性アスリート育成・支援プロジェクト外部協力者を務めている。トップアスリートの妊娠期・産後期のサポートはじめ、成長期アスリートの支援、子どもの貧困問題解決のための食育活動を行っている。
    <資格>管理栄養士、妊産婦食アドバイザー、サプリメントアドバイザー
    <学会等>日本栄養士会、日本栄養改善学会、日本スポーツ栄養学会、日本臨床スポーツ医学会

  • ライター:宮前 晶子
    撮影・ヘアメイク:TAKUMI JUN Make-up Salon

  • (※1)
    TABLE FOR TWO(略称TFT)は、先進国の私たちと開発途上国の子どもたちが、時間と空間を越え食事を分かち合うというコンセプトで開発途上国の飢餓と先進国の肥満や生活習慣病の解消に同時に取り組む、日本発の社会貢献運動。対象となる定食や食品を購入すると、1食につき20円の寄付金が、TFTを通じて開発途上国の子どもの学校給食になる。