2050食生活未来研究会

山本あつしさんを迎えての2021年クロストーク第2回。新しい概念が登場し、変化していく社会の中で私たちが何をすべきか、考えてみました。

対談写真

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人間は本番にならないと、本気にならない

  • 田中

    コロナ禍で思ったんですけどね、結局、人間って本番にならないと考えない。みらいごはんのクロストークでは、2050年の話をしていますけど、やっぱり仮想なんですよね。

  • 山本

    うんうん。

  • 田中

    例えば、コロナが流行って、インバウンドが止まりましたという現在の状態。インバウンドがなくなったら、どうなる?と言いながら仮定だったんですよね。観光公害と言いつつ、こうなるまで真剣に考えていなかった。この数年本当にインバウンド頼りだった部分、特に外食産業はダメージが大きかった。

  • 山本

    飲食店はコロナ対策も大変です。一方で、お客さんの衛生に関する意識も変わってきた。こういう状況だからマスクをつける、手指も洗う、大声で騒がないようにする。日本人ってルールを決めると、やっぱり律儀に守ろうとするんだなと。

  • 田中

    そうよね。キャッシュレス決済が日本は進まなかったでしょう。でも、コロナ禍になって、お金を触りたくないという理由で、ポンと進んだ。そしてこのコロナ禍のタイミングでレジ袋有料になった。

  • 山本

    いずれも2020年でしたね。

  • 田中

    有料になって、コンビニで買いものしても、両手に持てる量しか買わなくなった。コンビニでレジ袋を5円で買うのがちょっと…って心理で、手に持つものしか買わないわということですよね。食品スーパーには食品を買いに行くという目的で訪れるからマイバッグを持って行くけど、コンビニはフラッと立ち寄るから。

別の答えもあるはずだ

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  • 山本

    第1回のクロストークで、先生が“ナッジ”についてお話しされたことを思い出しました。それは強制的に何かをさせるのではなく、人々を自発的に望ましい方向に誘導する仕掛けや手法のこと。ルールだからとか、損をするからという理由で人が動く今の状態は、それとは真逆であるように感じます。

  • 田中

    うん、そうよね。

  • 山本

    学生たちとよく、「電車の女性専用車両はデザインの敗北だ」という話をするんです。そういう枠組みをわざわざ決めなければ女性の安全を守れないのか…残念すぎるよなあ、と。もちろん、そこに至るまでの経緯があったからそうなっているわけですが、僕らは「いや、別の答えもあるはずだ」と希望を捨てず、もっと根っこの課題を解決するデザインを考えていきたい。先生がナッジという言葉を使われているのも、同じ想いからではないかと思ったんです。しかし2020年の状況を見てみると、まだまだ道のりは遠いと感じざるを得ない。

  • 田中

    ナッジに絡めて話をすると、メタボ健診に対して京都大学から1つの提言が出ました※1 。従来の方法+アルファがいるんですよね。いい研究が出てきたので、多分いい方向に変わっていくんじゃないかな。食を買うところで何か仕掛けをしたら、いい方向に行くかなと考えています。運動も「運動しなさい」と言われても、その時間が作れないのよ、ってことがあるはず。そういう点で何かできるといいですよね。

  • 山本

    デザイン領域で“アフォーダンス”という言葉は、そのもの自体が扱い方を自然に発信しているという意味で使われます。例えば握りたくなるドアノブ、回したくなる蛇口の栓、押したくなるボタンってあるでしょ?人の行為を誘発するカタチをつくることと同じように、それぞれの人が自ずとよりよく生きていけるきっかけを生み出していきたい。大学での授業は、そんな志を持つ仲間を増やす一つの方法だと思って取り組んでいます。

  • 田中

    そう思います。

  • 山本

    教員って一種のメディアだと感じるんですが、先生はまさにその鑑ですよね。

  • 田中

    電リクを受けるDJですから(笑)。

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コミュニケーションの幅が広がった

  • 田中

    今の学生たちは2000年代生まれ。生まれた時からなんでもあってそれが普通だと思ってます。マーケティングの授業中にファブリーズの事例を取り上げたんです。あの商品が売れだしたのは2000年前後。今の学生が生まれた時からあるので、「そんな話があるとは思ってませんでした」って。

  • 山本

    彼ら彼女らはデジタル・ネイティブでもあるんですよね。かつての伝言ダイヤルやダイヤルQ2、それからパソコン通信を経験してきた僕らは、Windows95が登場した時に「こういうものが欲しかったんだ」と感動した。しかしZ世代にとってインターネットは空気のように当たり前な存在で、なかった時代と比較すること自体がナンセンスだったりする。

  • 田中

    そうよね。私たちも馬車の時代は知らない、って感じですよね。電車・バスは動いてる、という時代に生まれたから。そこが当たり前と思うのと、今の子たちが当たり前と思うのは同じなんでしょうね。

  • 山本

    一方で2020年は、アメリカでレコードの売り上げがCDを追い抜いたというニュースも。メディアがより新しいものへと変遷していく中で、それと同時に古いメディアの良さがもう一度見直されて売れていく、という現象。

  • 田中

    中古レコード屋さんでジャケ買いとか、DJっていうところで使ったり。針を落として聞くことに行くんでしょうね。ポジショニングや差別化というのはそういうこと。CDだったらデータでいいですもんね。

  • 山本

    そうなんです。より気軽に音楽を持ち出すことを追求していった結果、音声メディアが形というものを持たないようになった。同時にそうした流れのカウンターとして、音声メディアそのものの物質的価値が、特に若い世代を中心に見直されるようになり、レコードがもう一度脚光を浴びることに繋がったのかなと。これは音楽の楽しみ方の選択肢がより豊かになったということ。同じように、2020年はZoomなどを使ったオンラインのやりとりが増えましたが、だからと言ってそれが対面のコミュニケーションに取って代わるというわけではなく、コミュニケーションの幅がより広がったと捉えるのが正しいのではないかと。

  • 田中

    うんうん。

  • 山本

    レコードと同様に、カセットテープの良さも見直されています。僕らの世代は若い頃、レコードから曲を録音したり、ダビングしてオリジナルのテープをつくったりした方が多いと思います。それって実は、知らず知らずのうちに編集のセンスを磨くことに繋がっていたのではないかと思うんですよね。「46分のテープだったら片面は23分、そこに4〜5分くらいの曲がいくつ入って、5曲目もA面に残すべきか、うーん、そうすると途中で切れちゃうなぁ。無理せずB面の最初に入れようか…」というようなことを楽しみながら考え、いろいろ試すことができた。そういう面白さを、カセットテープというメディアにもう一度脚光が当たることによって少し伝えやすくなった。

  • 田中

    ほんと!そうですね。

  • 山本

    不自由な中での創造…俳句みたいなね。五・七・五の限られた条件の中で伝えないといけない…という不自由なところにクリエイティブが生まれる。便利で効率的な新しいメディアもいいけれど、不便な道具もそれはそれで楽しみながら、大切なことを教えてくれたりするんです。古いものが否応なしに淘汰されていくのではなく、いいものはちゃんと残って、あるいは見直されて復活して、新旧多様なメディアや手法が同時に存在することで人の創造性が豊かになっていく。2020年は、そういう可能性がすごく広がったと思うんですよ。

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Amazonのリアル店舗出店でわかったこと

  • 田中

    1970年の大阪万博のテーマが『人類の進歩と調和』。それから50年経って、省人化が進んでいるけど、本当にその時代になってきたな、と。そこと人間味とのバランスがやっぱり大切ですよね。2020年の気づきってそこが結構大きい。

  • 山本

    大切ですよね。

  • 田中

    中国とアメリカは、最先端の技術を実際のビジネスに活かしています。私はフードマーケティングをMBAで担当していて、国内の学生がいろいろな提案をしても「それ中国でやってます」って留学生から言われるんですよ。

  • 山本

    ほぉ。そうなんですか。

  • 田中

    アメリカのAmazonがやってる無人コンビニAmazon Goはすごく流行っていて、ここからどんどん増えていくんでしょうね。でも、中国ではキャッシュレスや顔認証は進んでいるけど無人コンビニはもうひとつだった。小売業のいわゆるDX、デジタルトランスフォーメーションという部分で、何が差をもたらしているんだろうと考えた時に教えてもらったのが、Amazon Goの「何を人の仕事として残すべきか」ということ※2 。無人コンビニだけど、実はすごく人がいて、それを強調しているんですよ。精算する場所は技術でやっているのだけど、サンドイッチを作る場所はガラス張りで作っているのが見える。どこで作っているか分からないのは嫌なんでしょうね。日本でもデパ地下のお惣菜コーナーに行くと、調理している様子が見えますよね、食はやっぱり見えるのがいいんですよ。中国はそれをやってないらしい。でも、小さな市場(いちば)、一人で切り盛りしているようなお店にも二次元コード決済の機械がある。買いものして、サッと決済できる、零細企業のDXが進んでるんですよね。そこをデジタル化したかっていうのが多分大きいんですよね。アメリカはそこをあんまりやらなくて、大企業が機械化を進めるという印象。でもAmazon Goの戦略を聞いた時、なるほど、Amazonってやっぱり人をよく見てるな、と思いました。

  • 山本

    Google、Amazon、Facebook、Apple、いわゆるGAFAと言われる企業は、もちろんテクノロジーも素晴らしいのですが、それを使って何を実現するのか、つまり目指すビジョンが非常に明確なんです。そのコアにあるのはやっぱり「人を大切にする」という考え方だと思うんですね。機械が作るより、人が作る方が人は嬉しく感じるんだということを、ちゃんとわかった上で技術を生み出している。「AIに仕事を奪われる」なんて数年前によく言われましたが、AIにどんな仕事をしてもらい、人間はどんな仕事をしていくべきなのかを考えるのは、機械ではなく人だと思うんです。そういう意識を持った上でのDX、と考えたいですよね。

  • 田中

    そうそう。Amazonのリアル店舗であるAmazon Booksは、ショッピングモールに入って欲しいテナントだそうです。街中にあった書店は、どんどんなくなって、本はネット上で買うものになってきているのに、「いま敢えてリアル店舗を出店する⁉」って驚きでした。リアル書店は、目的以外の本との偶然の出会いがあることが強みですが、それだけではなかなか経営的に厳しかった。Amazon Booksの売場には、ネット上のAmazonでの「コメントが多い本」というコーナーがあるそうで、面白いなぁと。それって、リアル店舗運営していてもできない。やっぱりネットとリアル店舗、両方持ってるからこそできる強さであり、生活者の「欲しいもの」をズバッと提供している。やっぱりAmazonって「人」をよく観察してるなぁ。

  • 山本

    実店舗とECサイトとの間みたいなところですよね。

  • 田中

    うん。ネットの方が早いから、実店舗は無理なんだ、要らないんだというイメージを持っていたと思うんですよ。でも、Amazonがリアル店舗を出してきた。

  • 山本

    家電ひとつにしても、本当はお店の人に話をしっかり聞いてから買いたい。でも、話を聞いちゃうとそこで買わないといけないよなーって(笑)。でも、たいていのものはネットの方が価格が安い。それならもう最初からECサイトで買っちゃおう、というのは心情としてあると思います。でもそれだと、実店舗の売り子さんは要らない、人員削減しようとなって、その結果サービスも良くない、ぜんぜん面白くない店になって競争力を失ってしまう。でもAmazon Go方式でやれば、いろんな業種の店舗作りも変わってきそうな気がしますね。

  • 田中

    そうですね。ここ数年、オムニチャンネルという言葉が注目を浴びていた。リアルにいったり、ネットを見たりって。それは単純な話で、物流とか商流とかだけの話。そうではない部分、どちらかというと情報に近いところの概念が多分オムニチャンネルで抜けていたと思います。Amazonがリアル本屋を作ったことで、そこが明らかになってきたような気がするんですよね。

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「伝える」をちゃんと「伝わる」に変えていく

  • 山本

    今年4月、兵庫県豊岡市に開学する芸術文化観光専門職大学の学長に、劇作家で演出家の平田オリザさんが就任されるそうです。この大学は演劇と観光の両方を学べる国内初の公立大学なのですが、ユニークなのは演劇の視点で観光について考えたり実践することで、新たな価値を生み出す人材を育成しようというところ。演劇とは、自らの役割を理解し、他と連携しながらつくり出した世界を観客に見せるという行為です。そこで培われる「伝える」をちゃんと「伝わる」に変えていく技術。これは日本の観光が海外と比べてまだまだ足りていないところです。

  • 田中

    このクロストークの3回めに登場した百武先生が、これからの観光は名所旧跡巡りではなく、その土地の生活を体験しに行く、リアルな地域の中に入って、みんなが食べているご飯を一緒に食べることになるんじゃないか、という話をしていたんですよ。ハレじゃない、ケの生活に入っていくとなると、観光のあり方がだいぶ変わってくるんだろうな、と思います。

  • 山本

    人が求める本質のところ、生きる喜びとは、やはり人に会うことなんでしょうね。そして、そこに「食」がある。一緒に食べる時間や空間はもちろん、調理する人がいて、さらにその背景には素材を作った人や風土がある…。味覚だけではない、料理のまわりの諸々も含めて「美味しい」と感じる。それを実現するためには、その一つひとつの物語を伝え、伝わらせていくことが大切になる。

  • 田中

    そうなんですよね。

  • 山本

    観光だけではなく、他の様々な領域でも同様です。相手のことを思いやりながら、そのために自分は何をギフトできるのかを考え、行動する。またそれ自体を喜びと感じることができる。そんな感性をいかに育てていくのかが、これからの大きなテーマであると思いますね。

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  • 田中

    改めて『人類の進歩と調和』は今も続く大きなコンセプトだと感じています。

  • ※芸術文化観光専門職大学 芸術と観光を学ぶ大学として兵庫県豊岡市にて2021年度開学。

山本 あつし

山本 あつし

  • ならそら代表。大阪芸術大学 デザイン学科講師。奈良市まち・ひと・しごと創生総合戦略懇話会委員。1971年大阪市生まれ。1993年立命館大学、1999年大阪工業大学卒業。システムエンジニア、建築設計・施工の仕事を経て、「デザインの考え方で社会をおもしろくする」をテーマに、商店街や農村の活性化、企業・店舗のブランディング、商品開発から学校づくりまであらゆるプロデュースを行っている。
    ならそらnarasora.amebaownd.com

  • ライター:宮前 晶子
    撮影:TAKUMI JUN Make-up Salon / 田口 剛
    ヘアメイク:TAKUMI JUN Make-up Salon