2050食生活未来研究会

2021年新春トークPART3は山本あつしさんを迎えての最終章。激動の2020年を経て、さらに続く先行き不透明な社会。私たちが輝ける未来を手に入れるには?今回も縦横無尽に語り尽くします。

本当の意味で地方の時代が始まる

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  • 田中

    サードプレイスという考え方があります。「くつろいだ充実の日常生活を送るためには3つの経験の領域のバランスが取れていなければならない。第一に家庭、第二に報酬を伴う生産的な場、そして第三に広く社交的な、コミュニティの基盤を提供するとともにそのコミュニティを謳歌する場」というものです(※1)。人間には、「第一」も「第二」も「第三」も要るというのが改めてよく分かった。コロナ禍で、テレワークが推奨され、自宅勤務が長く続くと、仲が良い家族も関係がぎくしゃくしてくる。「第一」=「第二」はしんどい。「テレワーク=自宅勤務」じゃないほうがいいな!という方もいらっしゃるのでは。広域の移動を避け、通勤時間を短くすることを考えると、コ・ワーキングスペースのような場所が地域の中にあるのが理想的。家から出て、仕事をするのがいい。そしてもう一つ。東京一極集中の何が良かったかを考えたんですけど。仕事になるかならないかわからないようなことだと、わざわざ新幹線や飛行機を使って上京してもらうのも…ということで、同じような力をもった会社が数社あった場合、やはり近くにある企業に声をかける。また、正式な仕事以外のコミュニケーションも東京は厚かったように思う。人の密度が高いので、飲み屋でばったり会うとか、そこで互いの友人を紹介して仕事につながるとか。そういうカジュアルな機会に恵まれていたと思うんですよ。東京だけじゃないですよ、大都市にはフラッと行ったら誰かに会える。それが大きいんですよね、たぶん。ちょっと寄ってみるっていうのが。コロナ禍で、物理的に人と人の距離を取るようになり、会社の本社機能を地方に移すところも出てきた。働き方改革が進む中、カジュアルなコミュニケーションをどう取っていくのか。そういう場所や機会をどう作っていくか。

  • 山本

    なるほど。

  • 田中

    地域の中にコ・ワーキングスペースがあって、地域の人と会って、「そんな仕事してたの?」みたいな感じから広がっていく。機能としては東京一極集中と同じエッセンスですね。それこそが「地方・地域」の活性化のような気がするんですよね。本当の意味で地方の時代が始まるような気がしています。

  • 山本

    そうですね。地方でもリビングラボなど人と人とが繋がる場が増えていますし、その流れは加速していくでしょう。さらに、これからはサードプレイスと言わず、フォースプレイス、フィフスプレイスと、もっと自由にいろんな所で、自分の居場所を作ることがあたりまえになってくるように思います。先行き不透明な時代には、それがリスクヘッジにもなる。そう考えると、決して都心だけにこだわる必要はなくて、地方にも可能性が生まれてきます。よく考えてみると自分も、まちの境界線をまたいで五つ、六つの居場所を持っているなあと。まず奈良に自宅と事務所があって、妻が経営するカフェもある。勤めている大学は大阪と奈良にそれぞれあって、共同プロデュースしている「わたしのマチオモイ帖」(※2)というプロジェクトの本拠地は大阪の南港にあって…。今は一時的に制限されてはいるものの、その間を行ったり来たりしながらの時間も含めて楽しいものです。そこにオンラインでのミーティングの機会も加わり、より自由で多様な働き方ができるようになったと感じています。

  • 田中

    人の生き方がオムニチャンネル(企業の流通政策においてリアルとインターネット上を融合すること)になってきたような。そのような状況で安全な暮らしをどう実現していくのか?という問題がありますね。
    ウイルスと共生しながら、且つ、コミュニケーションを取りながらこの時代を生きていかなくてはいけない。でも、ウイルスって賢いですよね。この半世紀、私たちは効率・密度を上げてきた。そこをウイルスは突いてきた。ウイルスは細菌と違って、自分自身で増殖する能力が無く、生きた細胞の中でしか増殖できない。人間がいなくなったらウイルス自体も存在できないんですから。ギリギリを攻めてきてる。

  • 山本

    その結果、人間がこの何百年かをかけて作り上げてきた都市のデザインが一気に崩壊したわけです。ウィズ・コロナの時代にフィットするよう、都会も地方ももう一度、まち全体を再構築することが必要になってきた。しかしこれは、いままでなかなか崩せなかった一極集中の体制を変革できる千載一遇のチャンスなのかもしれません。

未来へのヒントは過去にある

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  • 山本

    世界規模の人口増加と都市部へのさらなる人口集中が予測される将来に向けて、世界のあちこちでスマートシティの開発が進んでいます。Googleのトロントでの計画はうまくいかなかったようですが、日本でも、例えばトヨタが富士の裾野の工場跡で開発を進めようとしています。今後はコロナの影響でスマートシティのあり方も変わってくることが予想されます。人にも環境にもよりやさしい、そんなまちづくりが求められるのではないかと。

  • 田中

    「省人化」と「人間味あふれるもの」のバランス、それに加えて「歴史」つまり過去の知見が軸になると思います。江戸時代ってすごくサステナブルな社会なんです。先人の判断を参考にする。単なる「省人化」の実験は海外でも国内でもやっています。それだけでは不十分のような気がしていて。歴史を振り返ると何回も自然災害も感染症もあり、その中で私たちは「判断」をしてきたわけです。暮らし方にしても近江商人の売り手良し、買い手良し、世間良しのような、まさにSDGsみたいな話は江戸時代からある。過去の判断を紐解かないといけない。その蓄積こそ日本は大事にしないといけないんじゃないかな。先人の知恵。

  • 山本

    なるほど。

  • 田中

    だから、「2050みらいごはん」って未来を見てるんだけど、過去にもいっぱいヒントがあると考えています。

  • 山本

    奈良時代に朝廷の保護を受けた南都七大寺という七つの大きなお寺がありまして、そのひとつがならまちにある元興寺。ここの節分行事が面白いんです。豆まきって普通、「福は〜内、鬼は〜外」って言うでしょ。ここの元興寺は、「福は〜内、鬼は〜内」と言いながら豆をまくんです。諸説ありますが、鬼であろうと排除するのではなく、「みんな内へ」と呼びかけ共に生きていく、昔の人はそう考えていたのではないかと感心するんです。悪いものを退治すればそれで終わりではなく、なだめすかしたりしながら上手く付き合っていくことも大事なんだと。いまの時代に置き換えると、まさに鬼はコロナです。人間のことばかり考えるのではなく、同じ地球上に生きる者として、ウイルスや他のあらゆる生物と我々は一蓮托生であることを忘れてはならない。

  • 田中

    共生する、ですね。

  • 山本

    そうですね。それに鬼と向き合うのも、みんなでやることに意味がある。東大寺の大仏さんは、疫病や天災、各地で起こっていた争いを治めようと、聖武天皇が鎮護国家を目的として建立を計画したもの。その時、一本の草でも一握りの土でもいいから持って集まれと国民に呼びかけ、みんなで大仏を作ろうとした。つまり、国家の禍いをみんなの自分ごとにしたんです。これからのまちづくりのヒントも、そこにあるかもしれませんね。

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食べることには敵わない

  • 山本

    まちづくりにおいても「食」は重要な要素です。「ウィズ・コロナ時代の食」については、どのようにお考えですか?

  • 田中

    食べることは絶対外せない。コロナ禍でロックダウンしても食事はする。緊急事態宣言中、小麦粉がいっぱい売れたでしょう。各家庭でお好み焼きやたこ焼き、ケーキを作ったりしたんですよね。時間がいっぱいあって、且つ、おなかを満たすってことで、食べるものを作るってことになった。あの頃は家族全員家にいてストレスも溜まってくるし。外食にも行けないし、家族みんなで作って一緒に食べるのが、ベストな方法だった。1食増えるじゃなくて、たぶん五割増しだったんですね。朝晩プラス1食ということは、3食全部準備しなくちゃいけない。みんなで作れば、作る人の負担も減るし、楽しめる、みたいな感じだったと思うんです。

  • 山本

    そういえば一時期、「Zoom飲み」が流行りましたね。もうあまり見かけませんが。

  • 田中

    そうそうそう。半年も持たなかった、Zoom飲み。

  • 山本

    最初は目新しさでやっていましたし、SNSでもその風景をよく見かけたけど、みんなすぐに飽きちゃった。やっぱり対面で会って食べることには敵わないんですよね。だから接触するのが難しい状況で、いかにそれが可能な場づくりをしていくか。「食空間のデザイン」は、ウィズ・コロナ時代の大きなテーマだと思うんです。

  • 田中

    うん。たぶん、今一番のテーマ!

  • 山本

    働く空間、学びの空間はリモート化が一気に進んだのでなんとかなる予感がしているのですが、会食などの機会をどのように作っていくべきか?ソーシャルディスタンスが取れるレイアウトにするとか、換気をよくするとか、感染症対策を施すのは当然のことなのですが、食は人と人とを繋いでくれる潤滑油的要素でもあるので、そこをどのようにデザインするのか。これはまだまだ先が見えていないところですね。

Well-beingって何?

  • 田中

    私、あつし先生に聞きたいことがひとつあって。最近「Well-being(ウェルビーイング)」って言葉にスポットが当たっています。今まで、日本では海外から文化を取り入れた時、日本語になかった概念についてはちゃんと日本語にしてきた。Well-beingは日本語訳が難しいと思うんですよ。健康、幸せ、豊かさ。でも、ちょっと違う気がする。さっきおっしゃっていた、「鬼も内、福も内」という世界、共生する世界で私たちが豊かに心安らかに暮らせるってことなのかな?と。Well-beingって何なんだろう?哲学の領域に入っていくような…。

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  • 山本

    2025年の大阪・関西万博のテーマも「いのち輝く未来社会のデザイン」ですから、みんながそのことについて考えようという流れが来ているように感じます。PART1で、働き方改革とは生き方の改革のことであり、いま問われているのは「それぞれが自然に生きていく」ことではないかとお話しました。さらに言えばそれは、自分の「やりたい」が誰かの「してほしい」になるということ。いやいや仕事をするのではなく、楽しんでやったことで「ありがとう」と言われるような関係。それこそがWell-beingなのではないかと。多様な需要と多様な供給のマッチングができれば不可能ではないはずですし、そのためのAIやIoTやビッグデータであり、DXであると思うんです。「ワークライフバランス」という言葉がありますが、その根底にあるのは「仕事=労働」という旧来の考え方です。つまり仕事は食べていくために必要だが、暮らしとは別のものであると。でも未来の仕事は決して労苦ではなく、それぞれの人生とちゃんと繋がっていて、もっと楽しく、もっと多様で、その人の持ち味や特性を活かせるものであってほしい。落合陽一さんも「ワークアズライフ」という働き方を提唱されていて、うまいこと言うなあと。

  • 田中

    Well-beingを訳すということに関して付け加えると、「Home Economics」を「家政学部」と訳していました。時代とともに「家政学」は使われなくなってきて、学部名も「Life Science=生活科学」が多くなってきました。私としては「家政=Home Economics」という言葉をもっと大事に使っていきたい。

  • 山本

    「経済=Economy」の語源は「οικονομία(オイコノミア)」という古典ギリシャ語で、それはまさに「家政術」という意味なのだそうです。何事も基本は「家」、つまり一人ひとりの足元にあって、それが社会へと繋がっていくということなのですね。社会を自分と切り離して考えるのではなく、ひと繋がりのものとして捉える。これはまさに「福は内、鬼は内」の思想や大仏建立のストーリー、そして現代で言えば「国際社会共有の目標」を謳うSDGsにも通じるものです。あらゆるものが繋がっていて、誰もがその一員であると実感できることが大切で、そんな社会を実現するためには、テクノロジーの発達と共に、PART2でお話しした「相手のことを思いやりながら、何をギフトできるのかを考え行動し、それ自体を喜びと感じることができる感性」を育てることが必要だと強く思います。

みんなで食べて幸せになろう

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  • 田中

    「2050みらいごはん」は、2019年にサイトオープンしたのですが。2020年、つまり想定外の感染症拡大によって、食に関する考え方について、何か変化はあったかな?と去年はずっと考えていました。

  • 山本

    それ、とても聞きたいです。

  • 田中

    2019年は、クロストークと名付けた対談を続けることで、全然意識しなかった論点をいっぱいもらったんですよね。例えば、百武ひろ子先生から「食生活、食生活って栄養士は言うけど、なぜ食生活だけ切り取るの?」って言われたんですね。「衣生活や住生活もあるのに、なぜ食の人たちは食生活を切り取るの?食(しょく)って生活でしょ」。これは大きかったです。それから、吉川成美先生から教えてもらったCSA(Community Supported Agriculture=地域支援型農業)。農業における共助。農家さんだけにリスクを背負わせるのではなく、食べる側も出資する。生協のような仕組みです。食べる楽しみはいっぱい持っているのに、食に対してすごく一方通行。リスクを背負ってないんですよね。その視点がまずなかったなぁと。肥塚浩先生の都市化の話も印象的でした。自給自足ではなく、人に頼っていく生活、仕組みの中で生きていく、役割の中で生きていくという話です。対談・鼎談はとにかく論点がいっぱいあって、違う視点を頂きました。もっともっと広い視点を持たないと食の問題って解決しない。そしてコロナ禍で、いま、「出来ていること」と、「出来ていないこと」が明確になりました。

  • 山本

    僕との対談では、「食を通して公共政策に関わることで、‛幸せとは何か’をみんなで考えていきたい」と話されていたのが印象的でした。このビジョンはきっと、コロナがあってもなくても変わらないものだろうなと。

  • 田中

    あとは、まちづくり。国も少しずつ動き始めました。「健康寿命延伸プラン」…健康無関心層も含めた予防・健康づくりの推進や地域・保険者間の格差の解消のために、「自然に健康になれる環境づくり」や「行動変容を促す仕掛け」を掲げています。15年ほど前から私が提唱している(笑)「静かな食育」がやっと実現するような…。

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  • 山本

    公民連携を実現していくチャンスでもあるのかなと思います。そう言えば第1回の対談で、‛コミュニティ’と同じ語源の‛コミュニオン’という言葉について話しました。キリスト教における「聖餐」という意味なのですが、これはみんなでパンとワインを分け合う会食のこと。つまり一緒に食べることがコミュニティの始まりではないかと。ウィズ・コロナ時代のまちづくりも、課題解決のための知恵は必要ですが、根っこの部分は何も変わらない。「いろいろ大変なこともあるけれど、みんなで食べて幸せになろう」と。実はとてもシンプルなことだと思うんですよ。

  • 田中

    どんなに厳しい状況であっても、おいしいものを食べた瞬間だけは幸せな気持ちになります。それが「食」の一番の強み。「食べる」とはどういうことか。「顧客の『欲しいモノ・コト』を捕まえて、それに対応し社会をより良くする」というマーケティングの視点で探っていきたいと思います。

  • ※1 レイ・オルデンバーグ『サードプレイス――コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』みすず書房、2013年。

    ※2 「わたしのマチオモイ帖」 2011年の東日本大震災をきっかけに始まった、日本全国のプロのクリエイターが自分にとって大切な「わたしだけのマチ」を小冊子や映像作品、ポストカードにして紹介する展覧会活動。

山本 あつし

山本 あつし

  • ならそら代表。大阪芸術大学 デザイン学科講師。奈良市まち・ひと・しごと創生総合戦略懇話会委員。1971年大阪市生まれ。1993年立命館大学、1999年大阪工業大学卒業。システムエンジニア、建築設計・施工の仕事を経て、「デザインの考え方で社会をおもしろくする」をテーマに、商店街や農村の活性化、企業・店舗のブランディング、商品開発から学校づくりまであらゆるプロデュースを行っている。
    ならそらnarasora.amebaownd.com

  • ライター:宮前 晶子
    撮影:TAKUMI JUN Make-up Salon / 田口 剛
    ヘアメイク:TAKUMI JUN Make-up Salon