2050食生活未来研究会

クロストーク第3回のゲストは、県立広島大学大学院経営管理研究科教授 百武ひろ子さん。まちづくりにおける食の役割、2050年に向けて私たちが何をしたらいいのか、などをお話しいただきました。

尽きない、まちづくりへの興味

  • 田中

    自己紹介のキーワード多いですよねぇ、建築士から始まって…。

  • 百武

    私は大学で建築を専攻して、修士も建築デザインで。その後、野村総合研究所で研究員になりました。

  • 田中

    それから、ハーバード大学デザイン大学院に留学して都市デザインを学んだんですよね?

  • 百武

    「良い空間」をつくる仕組み、プロセスに一貫して興味があります。アメリカには、街のユーザーである市民がまちづくりに参加する仕組み、いい空間のベースとなる環境をどう捉えるかについて学びに行きました。帰国後は東京工業大学の哲学者の桑子敏雄先生のもとで、時間とともに価値を増す空間を形成するプロセスについて研究しました。

  • 田中

    建築を学んで、ハーバードへ行って、都市デザインを学んで、東京工大でいわゆる哲学的なことを学んで、それが合わさって、今の百武ひろ子になった、という…。

  • 百武

    今は、「合意形成」、特に社会的な課題に関して、異なる価値観を持つ多様な人々が解決策を見出し、意思決定を行う「社会的合意形成」を研究テーマとして取り組んでいます。

  • 田中

    なるほど。みんなで決めていく、それが合意形成って考えていいんですかね?

  • 百武

    はい。合意形成とは、その名のとおり、それぞれの「意」を「合」わせて、「形」を「成」すこと。それぞれの持っている感性や知識を持ち寄って、一人では考えつかなかったことをみんなで掛け合わせて解決策を見出したり、アイデアを生み出したりする合意形成は、創造的な行為なんですよ。

  • 田中

    実際にまちづくりに関わってますよね?

  • 百武

    はい、これまでに日本全国の街づくりや社会的課題の解決に携わってきました。現在取り組んでいるのは、「広島湾さとうみネックワーク」 です。地域の資源である広島湾を次世代につなぐ官民連携のプロジェクトで、環境を守りながら、多くの人に親しまれる賑わいのある広島湾を創造するため、市民目線での取り組みをワークショップのコーディネーターとしてサポートしています。

暮らし方も働き方も変わる

対談写真

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  • 田中

    2050年は人が減ってくるでしょう。恐らく日本の人口は1億人を切って、9500万人ぐらい。ダウンサイジングしていく中で、小学校区を中心にコミュニティを作るという議論が盛んになっていますけど、校区という括りってどうなのかなって、私は感じていて。どう考えます?

  • 百武

    小学校区の大きさって、地域によって全然違うんですね。小学校が廃校になって消滅する地域では、廃校をコミュニティの核にしようということになるのでしょうが、廃校になってかなり年数が経つとどうなるのでしょう。子どもだけでなく、大人の数も減っていきますから。同じ基準で全国を捉えることは、もうすでにできないと思っています。地域コミュニティ自体、これまでの町内会、自治会といった地縁コミュニティが弱体化する一方、社会課題解決でつながるNPOや市民団体からなるコミュニティ活動が台頭するなど地殻変動がおきています。いずれにしても、コミュニティは、より重層的になってくると思いますし、地域によってかなり異なるものとして捉える方がいいのではないかと考えます。 インフラ整備やメンテナンスを考えると、コンパクトに集まって住むことによる利点は大きいと思いますが、2050年頃になると、分散型でも住めるようになる可能性がでてきているかもしれません。今まで水道・ガス・電気は一極集中型であったため、バラバラに住むと効率が悪かったのですが技術の進展で自立できるようになると、移動の問題を解決できれば分散して住むことも可能になるのではないか、と思います。2050年になると、道路や軌道に依存しないパーソナルモビリティも技術的に解決していそうですね。都市の生活、自然のなかでの暮らし、両方楽しめる条件が整っていくのではないかという気がします。

  • 田中

    仕事も、会社に行くのが一般的な働き方だったけど、テレワークなんかも出てきてますよね。働き方が変わって、働くのも住むのも、日本国中、世界中でもどこでもいいよねとなっていく?

  • 百武

    仕事に張り付いてなければいけないというのがなくなってくるかと思うんです。私は広島に住んで4年目に入ったんですけど、東京と比べてどっちが便利なんだろう?という心境になっているんです。というのも、住んでみたら、広島ってすごく便利で。街なかに行けばなんでも揃うし、職場である大学も徒歩圏内。東京の場合、住んでいるのは都心から離れた場所でしょう。仕事をしていれば、通勤ラッシュも避けられないだろうし…。今だって都市部に住んでいなくたってネットで注文すれば何でも届くし、情報だってどこにいても入るようになったでしょう。利便性の格差は、これからますます減っていくと思うんです。そうなると、利便性によって住むところを変えるといった、利便性の優先順位は低くなりそう。その代わりに自分の求めるライフスタイルや好きな場所に住むということの優先順位が高くなるのではないでしょうか。

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食は人々をつなぐ

  • 田中

    まちづくりで食を考えると、どうしても六次産業化や観光を意識した食で、話が進みがちでしょう。私は、日常の食事をベースに考えていくことからスタートしたいんですよね。まちづくりの中での食をどう考えてます?

  • 百武

    観光という意味で、食を楽しみにその地域を訪れるというのはありますよね。また、そこに住んでる人たちをつなぎ合わせるという意味で食をとらえることもあります。「子ども食堂」も食を通じて、地域の人と子どもをつなぎあわせる仕掛けですよね。地元の人と外の人をつなぎ合わせることもある。豊かな時間を共有するという意味で食を捉えたいと思っています。

  • 田中

    食でつなぎ合わせるという視点になると、2050年のダウンサイジングを前に、地域再生計画はどうとらえていったらいいのかしら?

  • 百武

    ひとりの人がいろんなことをやらなきゃいけなくなるのでは?ほら、プライベートと仕事も境目がない部分ってあるじゃないですか。

  • 田中

    ある、ある。ライフワークバランスっていってるけど、実際はマーブル状態、ですよね!

  • 百武

    食事ってすごくプライベートな感じがするけど、おいしいものを食べながら打ち合わせをしたり、食をきっかけに情報交換したり。食があると、ただこう会議室で喋っているのとは違う刺激があるんじゃないかな、と。

  • 田中

    人は減っていき、食の役割は変化する?

  • 百武

    ダウンサイジングすると、ひとりの人がいろんなことをやらなきゃいけなくなりますよね。 人が減ると、私はお客さん、あなたは提供者という固定化された役割分担ではなくて、役割が流動化してくると思います。やらなければいけないことが、技術の進化によって、必ずしも人間がやらなくてもよくなる時代になると、料理も片付けも楽しみとしてできるようになるのではないかなぁ、と。

  • 田中

    食事を出してくれる人、お金をもらう人という関係性じゃなくなってくるんではないか、ということですね。 食べものそのものは変わらない、と私は思ってるんです。私が大学生だった1980年頃、『ビタミンバイブル』※1が出て、将来的にはサプリメントを食べると思われていたんですよね。でも変わってない。サプリメントはたくさん出てるけれど、サプリメントだけで食事を済ませる人はあまりいなくて、結局、ごはんを普通に食べてます。

  • 百武

    選択肢としてはあるのかも知れないけど、おいしいものを食べたいとか、誰と食べる、どこで食べるがすごく大事かな。そういう食の時間をもっと大事にするようになっていくんじゃないかなと思ってるんです。

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2050年を考えるための3つのP

  • 田中

    これからを考えるときにコモンズマネジメントをキーワードにされているでしょう。あんまり馴染みがない言葉だと思うんですけど、コモンズマネジメントってどういうことですか?

  • 百武

    「コモンズ」というのは、共有地のことを指します。たとえば、まち、あるいは川や海といった地域で共有する資源、今だったら、みんなで使うインターネット空間もそうですよね。そういう皆で共有して使う場や資源を、公でもなく私でもない、「共」すなわちみんなのものと考えることによって、関わり方は変わってきます。全て公(政府や自治体)の管理に任せるのではなく、かといって、私(所有者)がてんでばらばらに使うのでもなく、全体にとっての最適化を関係する人たちが共に考え、それぞれのかたちで関わっていくことを意味します。個別最適化が極端に進むなかで、こぼれ落ちてしまった全体としての価値を取り戻すことが求められています。かつての農村などは、まさにこうしたコモンズ・マネジメントが行われていましたが、それはとてもアナログの世界でした。これからは、IT技術、AIを駆使することによって、より複雑化した現代社会でのコモンズ・マネジメントの可能性が広がってきていると思います。私の研究テーマの社会的合意形成もまさに、こうしたコモンズ・マネジメントを実現化するためのプロセスに位置づけています。

  • 田中

    なるほど。では、2050年に向けて、私たちはどうしたらいいのかしら?

  • 百武

    Pで始まる3つの言葉‘PEOPLEピープル’‘PLACEプレイス’‘PRIORITYプライオリティ’から未来を語ってみてもいいですか?

  • 田中

    1つずつ説明していただけますか?まず、1つ目の‘PEOPLEピープル’について。

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  • 百武

    私たちは、人口減少にともない、少ない人数でコミュニティをマネジメントしていくことになります。そして、その人たちは、同じ価値観でひとくくりにできない、今よりもっと多様性に富んだ人たちになります。国籍も年代も価値観も異なる人、そのなかには障がいを持った人もいるでしょう。このような多様な人たちが序列によって関係付けられるのではなく、フラットな立場でつながっていくことになるのではないかと思います。もちろん、テクノロジーの力を借りながら、ということになるでしょうが、そうなるとただ共有(シェア)するだけではなく、一歩進んでお互いを気にかけながら、助け合って暮らしていく(ケア)が求められます。ひとりの人が決められた1つの役割をするだけでなくて、この時はこんな役割、またある時はこんな役割、とどんどん変化していく。今だってそうですが、さらにその傾向は進むのではないかと思います。

  • 田中

    サッカーのように、フォーメーションを決めながら、暮らしていく、という感じですね。では2つ目の‘PLACEプレイス’は?

  • 百武

    さきほど言ったように、仕事で住む場所が規定されない、ということ。仕事があるから、という理由だけで大都市で住む、あるいは1ヶ所に住む必然性が低くなるんじゃないかな、と。例えば、サーフィンが好きだから毎日サーフィンできるところに暮らそう、とか、京都と上海を往復してどっちの生活も楽しむ、みたいな。いわゆる、多拠点居住ですね。便利さより、自分の好きなライフスタイルや地域独自のライフスタイルで、住む場所を選択できるようになるんじゃないかな、と。もしかしたら、そこに地域の文化性、美意識のようなものへの共感といった価値がはいってくるのではないかと思います。今、すでにその萌芽がみえつつありますね。

  • 田中

    そして、3つ目が‘PRIORITYプライオリティ’。

  • 百武

    働き方も生き方も価値観がどんどん多様化して、尊重されると思うんです。今、ビジネススクール(経営専門職大学院)で教えていますけど、自分だけ、自分の会社だけ、というのではなく、自分のコミュニティ、街を良くしたい、っていう人がとても多いんですね。そこには、このままでいくと地域がなくなってしまうという危機感もあるように思います。個の利益追求より、社会やコミュニティの価値向上の意識がどんどん高まっています。学部でも教えていますが、若くて優秀な人ほど地域に対する関心、感度が高いと感じます。2050年というとこれから30年後。その時点の価値観というのを見通すのは難しいですが、少なくとも30年前学生だった私の時代の社会や地域に対する意識と今では全く異なっています。この点では、すでにコモンズ・マネジメントのベースが醸成されつつあると感じています。

  • 田中

    そうなんですね。

  • 百武

    個も追求するけども、共有部分の価値をどう高めていくか。それを意識して、2050年に向かいたいですよね。

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2050年の食の未来予測:「家族化:familization」

  • 田中

    3つの観点を持って、2050年に進めばいいのではないか、という話でしたが、そこで食はどうなっていると思います?

  • 百武

    今、食品を販売するスーパーってレジが無人になったりして、どんどん効率化していってますよね。それはいいことだと思いますが、効率化していくことで何を実現したいのかという夢がなくては、意味がないのではないかと思っています。たとえば人手不足を解決するために、AIだ、IT技術だということになるけれども、効率化したその先に何があるのか、ということを描かないと本末転倒になってしまうと思うのです。目指したい未来図がないままに、目の前の課題だけを解決しても、解決したあとに、これって本当に自分たちの求めている姿なのかな?ちょっと違うんじゃない、ということになるのではないかと危惧します。今は、頻りに社会課題解決と言われますが、課題解決の先の世界を描くことが何より大事だと思いますし、今回のクロストークがまさにその未来図を描いていこうとする試みであることにとても共感します。

  • 田中

    なるほど。

  • 百武

    私が食に関して、いま考えているキーワードが「家族化」。

  • 田中

    「家族化!?」それはどういうことなんでしょう?

  • 百武

    今、とてもひとり暮らしの人が増えています。そして、その傾向は今後ますます強くなることが予測されています。その人たちが、それぞれに幸せだったらいいんですけど、やっぱり孤独の害悪が認識されるようになって、対策が叫ばれています。イギリスでは、2017年に孤独担当大臣というポストができたりして。でも、孤独を感じている人は、子どもも中年も高齢者も日本が他の先進国に比較しても突出して多いという問題があるんですよ※2

  • 田中

    それは、社会問題ですね。

  • 百武

    ひとりで食事をするのが楽しい時もありますけど、でも、それを強いられていると、辛いとか、寂しいなとか、孤独を感じるようになったり、食への関心自体が失われたりすることもあるでしょう。

  • 田中

    誰かと分かち合いたいっていう時に誰もいないっていうのは寂しいってことですよね。

  • 百武

    精神面もそうだけど、健康的にもデメリットがある。私はひとり暮らしなので、よくカウンターに行って(笑)…おひとりさましてるんですね。それでも、誰かと少しは話しながら食事をしたいのでカウンターにいくんです。でも、つい自分の好きなものばかり食べたりして、健康にはあまりよくないですよね。

  • 田中

    あらー。あらあら。

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  • 百武

    実際に、独身の中高年の男性はメタボ率が2倍※3、という話を聞いたことがあります。

  • 田中

    やっぱり孤独は良くないんだ、健康に。

  • 百武

    そうなんですよ。孤独は、肥満や喫煙と同じ、あるいはそれ以上身体に悪いという調査もあります。※4「それぐらいでお酒やめた方がいいよ」「油っこいものはこれくらいに」「炭水化物取りすぎ」って、家族は言ってくれますけど、ひとりで食べると言ってくれる存在がいない。お店は、とにかく1つでも多く注文してくれたらうれしいですものね。

  • 田中

    そう!だから、私、管理栄養士のチーママが要るんじゃないか、とずっと言ってるんだけど。

  • 百武

    ‘スナック的’なね。悩みを聞いたり、食事はこうした方がいいよって栄養的な観点からアドバイスしたり。家族化っていうのは、そういう意味。その人にとっては耳が痛い話もあるかもしれないけど、やっぱり健康や生活を思って、言ってくれるのが家族だと思うので。そういうお店やサービスがあったら面白いでしょう。それが、私の考える「家族化」です。

  • 田中

    家族の概念って変わってきてますもんね。法律的に結婚して子どもがいる、っていうことが大前提だったけど。パートナーシップとか同性婚とか、家族のあり方がすごく変わってきてる。

  • 百武

    今までの概念では家族じゃなかったけど、家族的にお互いの健康を含めて気にかけてくれる人がいると、孤独ではないってことだと思うんですね。「いいね」を重ねるシェアから「大丈夫?」とお互いに気遣うケアが、キーワードになるのではないかと。

みんなが「家族」になる街の食堂

  • 百武

    最近、さまざまな分野で定額制が導入されていますよね。食についても、月々定額制で食事できる所があったら、と思うんですよ。昔の下宿のお母さんみたいな人が、栄養や経済的なことも考えてくれる、話も聞いてくれる。行けば、いつでもごはんが出てくるけれど、自分の好きなものというより、自分にとって必要なものを食べさせてくれる。そんな形態が理想ですね。

  • 田中

    私も、それ、いいと思います。学食や社食があるんだから、街にはみんなの食堂があって。本当に下宿屋さんみたいな感じで、「ただいま」って入っていって。それが町の中に数カ所あるのがいいなといつも言ってるんだけど。今日はこっちのお母さんとこ、明日はあっちのお母さんとこ、みたいな。

  • 百武

    お母さんじゃなくて、お父さんでもお祖母さんでもいい。いま、子育て中の親は目が回るほど忙しいじゃない?睡眠時間削って、朝早起きして朝ごはんつくって、お弁当つくって、着替えなどの支度を子どもの分と自分の分をしてって。朝食くらい、「食堂行って、一緒に食べよう」となって、その朝食が安全で栄養のことも考えられていて、子ども用、大人用、もっとカスタマイズされて自分用になっていたらずいぶん楽だと思うし、もっと余裕を持って子どもと接することができるのではないかな。休みの日や、余裕があるときは、もちろん自分で作ったっていいしね。

  • 田中

    あぁ、さっき話していた役割が変わってくる、というということですね。

  • 百武

    そう。やりたくないけれどやらなければいけない仕事はロボットとかに代替される未来になると思うんですね。だから、料理も片付けも趣味のようにやりたいからやるということになるのではないかしら。「今日は作らせて」「ちょっと片付けやってみようかな」って、自由にやり取りできる。ゲストではなくて、メンバーという感覚ですね。そういう家族化っていいなと思います。

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2050年の食の未来予測:まちの中心は、美しい市「場」

  • 百武

    私は、街の中心に食に関する場所があるのがいいと思うんですよ。昔でいうと市場ですね。誰かと喋ったり、街の誰かと会ったりする場所だったでしょう、市場って。食材やどんな料理を食べるかということがクローズアップされるけれど、食の豊かさって、食べる時間や場所や食べるという経験の豊かさでしょう。それを街の中心にある市場でできたらいいな、と。街の風景を楽しみながら、ワイワイと集まって食べる姿を見たら、地元の人はもちろん観光客だって行きたくなると思うんですね。これは、昔も今も変わらない楽しさとして残るんじゃないかな。

  • 田中

    観光名所で贅沢な食事も楽しみたいけど、地元の家のご飯ってどんなんだろうって興味があります。それが、街の中心で実現するって感じですよね?

  • 百武

    外国に行くと、スーパーマーケットに行くのも楽しみのひとつだと思うんですけど、日本でほかの地域を旅して、スーパーマーケットに行くことってないでしょう?でも地域の食材が集まって来るプレゼンテーションの場として、スーパーマーケットがあれば面白いし、地域の食材を使って食べるところもあれば行ってみたい。

  • 田中

    私は仕事柄、スーパーマーケットを見るためだけに旅行するけど笑。もちろん、何か買って、必ずレジは通る!今のスーパーって、ライブキッチンがあり、試食があり、イートインスペースもあるし、最近だとグローサラントもあるんだけど。ライブキッチンはプラスチック容器に入れた試食品をパパッと出して、ただ食べてもらう場になっていて、それが全然食生活につながっていない感じがするんですよね。イートインスペースで食べている人はあんまり楽しそうじゃないし…。

  • 百武

    豊かな食と時間、っていう感じがしない…。

  • 田中

    景色を変えたいんですよ。今のハードはそのままで、ソフトだけ変えればできると思うんだけど…。

  • 百武

    ハードはそのままっていっても、空間の気持ちよさやデザインの美しさ、地域の伝統や文化が感じられる建築空間や外部空間の質は重要ですよね。

  • 田中

    うん、うん。

  • 百武

    さらに、美しい風景と生産の現場があればいい。例えば、おいしいお蕎麦を食べる場所の近くに蕎麦畑があって、蕎麦畑の花を見ながらお蕎麦が食べられる、なんて贅沢ですよね。地元の人にとっても生産者にとっても誇りでしょう。生産の場、食材を売るマーケット、食べられる場所が集まって、食に関わる地元の人たちがいろいろなことをそこでできるといいなと思うんですよね。生産者の人と一緒に、その地域の食を楽しむっていう体験、是非してみたいです。

  • 田中

    いいですね。

  • 百武

    あの、ちょっと私、絵を描いてみたんです、そんな理想の食の場を。

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  • 田中

    うわぁ、楽しそう。

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  • 百武

    街に住む人、ひとり暮らしの人もそうじゃない人も観光客も集まって、みんなが食を楽しむ場所で、横にはスーパーがあっていろいろな食材を買える。奥に生産地も見えますよね。海を見ながら公園的なところで食事をしたり、ツリーハウスがあったり、足湯があったり。いろんな機能がこの中に含まれているんですけど、やっぱり中心は食。例えば自分用の椅子が置いてあったりとか。すごく家族化しているんですよ。

  • 田中

    椅子に加えて、自分のお箸、自分のお茶碗、自分の湯呑みがあるといいですよね。日本って、お箸やお茶碗、湯呑みは自分のものっていうのが多いから。ほかの食器は共有しても、お茶碗とお箸と湯呑みは自分のものだと、一気に自分の食事になると思わない?街がリビングになってくると、お茶碗とお箸と湯呑みはそれぞれの場所にキープできるんじゃない?

  • 百武

    うんうん、いいですよね。そういうふうに預かってもらって、そうすると本当に街のリビングになってね。コミュニティのリビングダイニングっていいですね。

  • 田中

    これ2050年の理想の食の場として描いてくれたけど、今できるんじゃない?

  • 百武

    きっと、人が楽しいと思えることは変わらないですよね。いろいろなことが技術によって可能になると、かえってプリミティブなこと、食べる、顔を見て話す、生の音楽を聴く、身体を動かすといった直接体験が大事になってくるのではないかな。私は人が少ないからこそ、みんなが集まれるのが大事だと思います。人が少なくなるといっても、外国からの観光客は増えるから、人はもっと多様になるでしょうね。今もできそうな風景ですが、その背後には、最新のテクノロジーが隠されてて、ほら、この亀も実はお掃除ロボットなの。身体の中でちゃんと分解して、肥料にして土に還すからごみはないの。かつての未来図と違うのは、テクノロジーをこれみよがしに見せるのではなく、自然のなかに隠されているところ。古民家などをみると、昔の人の生活っていいな、憧れるなと思うのがあるでしょう?でも、実際には夏暑かったり、冬寒かったり、虫にさされたり、家事も大変。そういうところは、技術力でサポートし、暮らしの豊かさを生み出すことは未来だから可能なのではないかしら。

  • 田中

    食が景色っていう感じがするんですけど。

  • 百武

    農林水産省で『食と農の景勝地』※5という取り組みがあって、今ちょっと名前を変えたらしいんですけど、そのキーワードに注目していたんです。

  • 田中

    素敵よね。食と農の景勝地って。

  • 百武

    生産現場を見ながら食事を楽しめるって、すごく大事。食のストーリーを、実体として体験として受けとめるんです。この地域の人がこういうふうにして作っているんだ、ここの海からこうやって魚が来るんだと知ることが贅沢だという気がするんですよ。

  • 田中

    本当にそう思います。

  • 百武

    ここに来るとなんか楽しい、何かが起こる感じがする。そういう意味でちょっと、フェスみたいな感じ、ではあるんですけど…。それが非日常じゃなくて、日常の中にあるっていうのが楽しいなぁ、と。私はこういうところに住みたいですね(笑)それが海だったり、街だったり、山だったり、その時の気分で自由に住むところを変えられたらいいと思います。食を通して、さまざまな人とわいわい話をすることで、地域の文化が生まれてくる。シンポジウムの語源は、プラトンの有名な対話でも知られる「饗宴」、すなわち一緒に飲んで食べることを意味するシュンポシオンです。食の場で、知的な話を交わすことからさまざまな文化が創造される、というのはギリシア時代から今も、そして2050年にも続いて欲しいなと思います。

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  • ※1ビタミンバイブル
    アメリカでビタミンブームを巻き起こした書籍。日本でも出版され、日本人の栄養・健康への意識改革をもたらした。著者のアール・ミンデルは薬学博士、栄養学博士。

    ※2日本人の孤独
    OECDの2005年の調査によれば、「ほとんど、もしくはまったく友人や同僚もしくはほかの人々と時間を過ごさない人」の割合は日本の男性では約17%調査21カ国の中では最も多く、21カ国平均の3倍近く、女性もメキシコに次いで2位という高い水準になっている。また、2007年ユニセフの公表した報告書によると、「自分は孤独だと感じる」と答えた15才の子どもの割合は、OECD加盟国24カ国のなかで日本が29.8%で1位。2位のアイスランド(10.3%)の3倍近くと突出して多い。

    ※3独身中年男性のメタボ比率
    2017年「日本肥満学会」で東京慈恵会医科大学大学院健康科学の和田高士教授らが発表した研究によると、2015年に東京慈恵会医科大学附属病院人間ドックを受けた40歳代の男性2,113人を対象に実施した調査で、メタボの人は独身が22.9%で、既婚の11.3%の約2倍という結果が示された。

    ※4孤独の健康への悪影響
    アメリカのブリガムヤング大学のホルトランスタッド教授らによる研究(2010年)では、孤独のリスクは「たばこを1日15本吸うこと」や、「アルコール依存症」に匹敵し、「肥満」より2倍も高いと結論づけている。

    ※5食と農の景勝地
    平成28年度、農林水産省が創設した事業。「インバウンド需要を農山漁村に取り込み、地域の活性化につなげるため、地域の「食」と「農林水産業」、景観等の地域資源を活用して、外国人を誘客する取組を農林水産大臣が認定する仕組み」(農林水産省HP平成28年度より抜粋)。現在では、同制度の名称は、SAVOR JAPAN(農泊 食文化海外発信地域)」となっている。

百武ひろ子

百武ひろ子

  • 県立広島大学大学院経営管理研究科 教授。一級建築士・NPO法人合意形成マネジメント協会理事長。早稲田大学理工学部建築学科卒業、早稲田大学理工学部研究科修士課程修了、㈱野村総合研究所勤務。退職後、ハーバード大学デザイン大学院(GSD)都市デザイン修士取得後帰国。有限会社プロセスデザイン研究所を設立。東京工業大学大学院博士課程修了。2016年より県立広島大学で教鞭をとる。

  • ライター:宮前晶子