Vol.05
調味料を通じて
日本の味付けを取り戻す!
私たちが普段口にしている食べ物のほとんどに味付けがなされていますが、その「味」について考えたことはありますか?
一般社団法人味付けアドバイザー協会の魚森清恵さんは、醤油や味噌などの基礎調味料だけを使った「美味しくて、失敗しない」料理の発信を行なっています。
― プロフィール ―
魚森清恵
一般社団法人味付けアドバイザー協会・魚森清恵さん。外食産業、調味料メーカーで商品開発などに携わった後、商品開発の味付けに特化した「味付けアドバイザー」として独立。現在、アドバイザーの養成のほか、企業のコンサルタント、食品メーカーのレシピ開発などを行なう。
- 一般社団法人味付けアドバイザー協会が発足したのは、2016年11月。同協会では、味付けを通して、日本の食文化を発信することをテーマに主に3つの事業を展開。味付けに特化した料理教室やアドバイザーの養成講座の主催、食品企業向けのコンサルタント業務や研修会の開催、行政や商工会でのセミナー講師やマッチングサポートなどに取り組んでいます。
- 「私たちが子どものころ、学校から家に帰ってくると『あ、今日は肉じゃがだ』って、匂いでわかったんです。皆さんにもそんな経験や思い出があるのでは。ところが、今は、そんな匂いがしなくなっていることにある時、気付きました。その理由は、いろいろあるのですが、●●の出汁や●●の素といった調味料にあります。簡単で便利でおいしいものが作れるから人気ですよね。でも、中に入っている“もの”に、昔は使っていなかった“もの”がたくさん入っています。そんな調味料を使うと、 “あの肉じゃが”の匂いがしなくなります。そのことにすら、だんだん気づかなくなっていて…。とても怖いなと思ったんです」

魚森清恵さん。後ろに並ぶのは、魚森さんが開発した調味料の数々。購入も可能。
- 食に関係するプロですら、一般の生活者と同じような状況であると魚森さんは言います。
- 「管理栄養士の方に研修をした時のこと。食のプロである方々も、お味噌汁は顆粒だしを使うそうです。そこで、昆布でとったお出汁の味見をしてもらい、その後に鰹節を入れて飲んでもらいました。昆布だけの時は、皆さんの顔があまりパッとしなかったのですが、鰹節を入れると『おいしい!』って。そこにお醤油や味噌を入れると、さらにおいしくなります。日本の出汁の風味を知ってもらうという味の体験がとても大切だと感じました。加工品や市販の調味料がベースとなった味しか知らないと、それが味のベースとなります。みなさん、意識していないと思いますが、家で食べる普通の味付けのご飯って、どこでも買えないんです。だからこそ、元の味を知ることが重要。知っていれば、いつだってそこに戻ることができるはず。家庭料理の味付けがなくなるってことは、日本の食文化がなくなってしまう…。大袈裟だけれど、勝手に『民族の危機だ!』と、思っています(笑)」
- 魚森さんは、手をかけて丁寧に作る料理に頑なにこだわっているわけではなく、「私も外食が好きですし、調味料を使った食事を楽しむことはあります」と笑います。同協会を立ち上げる以前は、外食産業や調味料メーカーで長く仕事をしてきました。
- 「子どもの頃から食は憧れの仕事で、はじめは外食産業へ。その後は調味料メーカーでさまざまな商品開発に携わってきました。そこで見たものは、調味料における“匠の技”。ドレッシングやたれなど、コストを抑えながら美味しいものを作る術があって、それは見事なものです。ボトルの裏にある品質表示を見てもらうと、いろんなものが記載されています。それらが、一口目に『おいしい!』というインパクトを与えてくれる、魔法のような味付けを生み出しているんです。決して、添加物は悪ではないし、それを分かって食べる分には問題ないと思います。外食で食べる料理や加工品、ファストフードもおいしいですよね。食べるときは、ちゃんと楽しんで食べればいい。でも、日本食の素材を大事に、素材を生かす元々の味も覚えていてほしい、そんな気持ちです」

- こんな風に、加工品や調味料が家庭料理における定番となった背景には、「料理の難しさがある」と、魚森さんは考えています。
- 「最近は、市販の麺つゆや白だし、焼肉のたれを使うレシピが大人気です。それは、お醤油や塩などで作ると味がうまくまとまらないことに原因があります。家族からの『おいしくない』という言葉や、失敗した時の残念な気持ちは、料理へのモチベーションを下げてしまいます。がっかりしたくないから、それさえ使えばおいしくなる調味料を使って作ろうとなるのは、ごく自然なことだと思うんです」。
- ならば、「失敗しない味付けを発信すればいいんだ」と、魚森さんは自ら調味料作りに乗り出しました。使用したものは、醤油・味噌・酢・みりん・酒の日本に昔からある発酵調味料と塩・鰹節・昆布など。
- 「ベンチマークにしたのは、麺つゆ・味噌だれ・甘酢・焼肉のたれ・てりやきのたれ・白だしといった、市販される調味料で人気のもの。例えば、焼肉のたれは、醤油、味噌、みりん・きび糖、すり下ろした香味野菜を全て同じ割合で混ぜるだけ。うま味調味料は一切使用していないのに、ちゃんと焼肉のたれの味がします。毎回、作るのは面倒だから、たくさん作って保存しておけばOK。野菜炒めはもちろん、麻婆豆腐や挽肉に混ぜ込んでハンバーグの調味に使うこともできます。市販の調味料を使ったり、出来合いのものを買わなくても、家で簡単に失敗しないお料理が作れます」



実際に魚森さんが調味料を作ってくれました。焼肉のたれの材料は、醤油、みりん、きび糖、味噌、香味野菜のすりおろし。
鍋に入れ、火にかけて沸騰させたら完成。

「え?焼肉のたれの匂いがする!!」と、みらいごはんスタッフは大興奮!
「基本の発酵調味料だけで市販品のような美味しい調味料ができるんですよ」と魚森さん。


完成した焼肉のたれで野菜炒めを。野菜やお肉と一緒に揉み込んで、フライパンで炒めるだけ。
市販の焼肉のたれのようにコクもあり、旨みもたっぷり。
- 一部のレシピは一般公開しており、広く、大勢の人に醤油や味噌など昔からある調味料の素晴らしさを知ってほしいと魚森さんは考えています。
- 「スーパーに並ぶ調味料の品質表示をちょっと気にして見てほしいのです。本来の味付けを知っていれば、物選びの基準や意識も変わるはずです。『家の味が一番おいしい』と言われると、嬉しくなるし、料理が好きになりますよね。そのために味付けアドバイザーを養成し、さまざまな場所で“本来の味付け”を広めていくことが今の目標です。昔ながらの“あの肉じゃが”の匂いが漂う、日本の家庭料理をこれからも繋いでいきたいと思います」
時代とともに変遷する食文化において、変わっていくものと変わらざるべきものを“いい塩梅”でコラボさせている魚森さんの活動。便利な部分は取り入れ、できるところはこだわってみるー。そんな柔軟性こそ、現代の食シーン求められているような気がします。
魚森さんの、きのうの晩ごはん
子ども向けの料理教室の打ち合わせの後、ご一緒する方と居酒屋へ。お造りときゅうりの漬物、ホタルイカを食べました。忘れちゃいけない、日本酒も添えて(笑)
忘れられない食の風景
祖母が作ってくれたミートソースパスタです。私の母は絵描きで料理をあまりしなかった人で、祖母が毎日おいしいものを用意してくれていました。祖母のミートソースは和洋折衷。にんじん、椎茸など残り野菜を刻んで入れていて、醤油や味噌の味もするんです。それがなんだかおいしくって。戦争を経験した世代の人だから残さず物を使うことを大切にしていたんだと思います。