Vol.07
有機農業を広げる秘策は
つながりとビジネスの目線
スーパーなどでも見かけることが増えた「オーガニック」をうたう野菜やお米。そんなオーガニック農産物を生産する有機農業をもっと広めたい、そのためにはどうすべきか。このことに向き合い、研究を続けている京都府立大学大学院・准教授の中村貴子さんにお話を聞きました。
― プロフィール ―
中村貴子
京都府立大学大学院 生命環境科学研究科 准教授。農学博士。専門は農業経営。有機農業に関するフィールドワークや食べる人とつくる人をつなぐ多彩な活動を展開中。
- 「私が有機農業に興味を持ったきっかけは大学院生のころ。有機農業は安心安全の部分が注目されやすいのですが、“環境にやさしい農業”という部分に着目し、これを世の中に広めたいと思いました。広めるためには、食べてくれる人がいないと農業として続かない。そこで、食べる人と生産者さんをどうやってつなぐかを研究テーマに据えて、今に至ります。
現在はごく当たり前に使われている地産地消という言葉も私の学生時代にはなく、有機JASマークも大学院生のころぐらいに議論が出てきたと記憶しています。有機農産物に対して社会的な条件が整備される中で、食べる人とつくる人をつなぐときに“教育が大切なのでは”という視点を持ちました」。

自宅では、有機栽培の農産物を積極的に食卓に並べているそう。
- 中村さんは、幼いころから有機農産物を食べ、素材本来の持つおいしさを体験し、記憶することで、将来的に有機農業でつくられたものを選択する力が身につくのではと考えます。
- 「地域で採れた有機農産物を学校給食で食べることができたら素晴らしいですよね。京都府では、美山町がいち早く地元産農産物を学校給食に取り入れる取り組みを始めました。また京都のお隣・滋賀県では学校で環境や農林業の大切さを学ぶ取り組みも。都市部では、難しい面もありますが、子どもたちへの食育や郷土愛を育む場がどんどん広がるといいなぁと思います」。
- 中村さんは、食育の場づくりの一環として京都府庁でマルシェを開催しています。

京都府庁でのこだわりマルシェの様子。中村さんがフィールドワークを通じて知り合った農家さんたちが出店しています。
- 「子どもに食べてもらうためには、まずは大人に知ってもらわないといけないと思うんです。その取り組みの一つとして、京都府庁でオーガニックの食品や製品を展開するこだわりマルシェを開催しています。知り合いの農家さんの野菜やお米をはじめ、加工品や手作りの雑貨、プリザーブドフラワーなどの作り手さんたちに出店してもらっています。日本の有機JASマークは食べるものにしかつかないのですが、オーガニックのお花やコットンなども世界的には広がっていて、そういったものにふれて興味を持ってもらうきっかけになればと考えています」。
- 有機農業の生産者と消費者をつなぐ活動と並行して、中村さんは環境にやさしい農業に取り組む農家を増やす研究も行なっています。
- 「有機農業を営む農家さんは一匹狼というか個人個人で一生懸命に取り組んでいる方が多いと見受けます。もちろんそれは良いことなのですが、地域全体で取り組んでもらう方が環境への貢献度は高いと思うのです。地域の皆さんで環境に配慮した農業をしてもらうために整備すべきことや方法を模索しています」。
- これまでの中村さんのフィールドワーク活動から、地域内での関係性が農業の進め方に影響を与えやすいことがわかってきました。
- 「最近は滋賀県をフィールドにすることが多いのですが、地域で農業をしているエリアは、神社やお寺がきれいに整備されていて、皆さんで大事に守っているのが見た目にもとても良くわかります。それはつまり地域の結束が強いということ。こんなふうに歴史的に地域のつながりが深い場所は、新しいことやみんなで何かをやろうというとき、押し進める力があるように感じています。そんな地域文化を土壌として、コミュニティを引っ張っていくリーダーが1人ではなく、複数人必要であることもわかってきました。昔からの付き合いでみんな仲が良く、そしてまとめる人たちがいるー。農業を点ではなく面で進めていくための条件が何なのか、少しずつ紐解いているところです」。
- また、滋賀県で環境にやさしい農業が活発な理由として、全国屈指の環境先進県であることも挙げられます。
- 「滋賀県の水田農業における、環境にやさしい農業の面積割合はなんと45%も!おそらく全国1位です。これは滋賀県農政とJAによる協力に加え,滋賀県が育んできた環境教育の賜物ではないかと思うのです。琵琶湖があって、子どものころから環境問題にふれて学んできた蓄積が生産と消費に繋がっているのではないかと思います。今はそこに世界農業遺産も加わりましたので、今後、ますます環境保全教育による地域アイデンティティも高まるでしょう」。
- 歴史的な背景や文化による結びつきと教育。中村さんは、有機農業を広めるための手がかりを見出しますが、農業を継続させていくために外せない要因として「経営的な視点」を挙げます。

有機農業から広がる研究テーマの広さ。「ただおいしい、安心安全だけでは続けられない」と中村さん。
- 「地域ぐるみで有機農業を推進していくには、たくさん売れないといけない。となると、JAなど農産物の“売り先”がきちんと整備されていることが重要です。“売り先”が価格を含めてオーガニックや環境に優しい農産物に対して理解がある。そして、それにマッチする流通業者に営業をかけてくれるような仕組みがある地域は強いなぁと思います。オーガニック農産物にブランド力を持たせて広げていくには、まず安定した供給が必要です。農業において経営視点が重要だと考えるのは、こういった理由からなんです」。
- 生産力を上げることは、同時にロスや余剰など、作って売るだけでは解決できない問題にも向き合うことになります。
- 「生産・販売に加え、目先を変えた加工品の製造など、6次産業化も農業経営において重要になります。兵庫県の女性グループが立ち上げた『マイスター工房・八千代』は、その際たる成功事例です。四葉胡瓜(すうようきゅうり)という一般市場に流通していない伝統野菜を使った巻き寿司や規格外品の原料なども使用した加工食品などを製造・販売し、年間で2.8億円もの売上があるとか。きゅうり半分を巻き込んだインパクトある見た目の華やかさ、そして味の良さ。地元のきゅうりに価値を持たせた物語のある商品は、そこに売れる理由があったわけです。また、この工房がすごいのは、巻き寿司に使う四葉胡瓜の栽培を地元農家に依頼して増やしたこと。加工品発で地域の農業をも変えていく、加工部門から地域農業を支えてブランド化していく。そういった流れをつくられていることが、本当に素晴らしいことだと思います」。
- 地域で連携して生産を増やし、マイスター工房・八千代のように6次産業化で農業を後押しするビジネスモデル。有機農業を広げる方法や手段が地域の中にあることがわかります。“良いものを作ったから売れる、消費者に選んでもらえる”から一歩踏み込み、経営視点を持った農業が有機農業を広め、継続させる鍵となりそうです。
取材の終盤、中村さんは「有機農業でつくられた農産物を食べてほしい。調理して欲しい。とにかくおいしいし、切る時に差が感じられるんです」と、研究の話をちょっと横において、有機農産物のよさを力説します。お米のこと、有機栽培の納豆、果物のこと、みらいごはんスタッフも交えて食いしん坊トークは大盛り上がり。
こんなふうに、おいしい農産物がいっぱいある食卓を、みんなでつくり、未来につないでいけたらどんなに幸せなことでしょう。 地域と人、経営的な目線を備えた有機農業が各地で広がることを願わずにはいられません。
中村さんの、きのうの晩ごはん
具だくさんのお味噌汁と春菊をいっぱい入れた牛すき焼き風。 本当はお米を食べたいけれど、昨日は遅い時間の夕食だったのでちょっと我慢しました(笑)
思い出の食シーン
母はいつも手づくりの食事を用意してくれていました。学校の調理実習で出汁をとったときに「こうやってやるんだ」と、母がいつもつくってくれているものがどういうものかわかりました。 親から学べるもの、外で知るものがあり、新しい調理法などを知ることが楽しかったです。幼いころの経験は本当に大事だと感じています。