2050食生活未来研究会

2050みらいごはん通信 写真

Vol.08

がんとともに生きる人たちの
もうひとつの居場所づくり

石川県金沢市にある「元(げん)ちゃんハウス」は、がんの疑いがある、がん治療中、がんの治療を終えた方やその家族や友人など、がんに影響を受ける人が予約なしで利用できる場所です。この場所を運営している「認定NPO法人がんとむきあう会」の副理事長の櫻井千佳さんに元ちゃんハウスができたきっかけ、取り組みについてお話をうかがいました。

― プロフィール ―

    櫻井千佳

    認定NPO法人がんとむきあう会・副理事長、管理栄養士。金沢大学附属病院で管理栄養士として20年近く勤務の後、家族の転勤でアメリカへ。帰国後は、「地域のおかかえ管理栄養士」としてフリーランスで活動。がんとむきあう会の活動の他、能登半島地震の被災地で栄養・食支援ども行なっている。

病院から帰る前の
ちょっとひと息をここで。


「元ちゃんハウスは、病院で治療をして自宅に帰るその前に、ちょっとひと息を着く場所です。病院では良いことだけでなく、時にバッドニュースを聞くことも。ここでお茶を飲んだり、他愛もない会話をしたり、不安なことや悩みを吐き出してもらったり。心を整えて帰宅するための場所なんです」。

ふらりと立ち寄り、お茶を飲みながらスタッフとおしゃべり。開館中ならば、患者さんも家族も関係なく、予約なしで利用できます。

きっかけは、がん患者の居場所づくりを行うイギリスの「マギーズキャンサーケアリングセンター」の講演会に感銘を受けた仲間達と金沢大学附属病院の医師・西村元一さんが「病院の外にこんな場所を作りたい」と立ち上げたもの。
「私が金沢大学附属病院に管理栄養士として勤務していた時代の恩師が西村先生でした。イギリスのマギーズキャンサーケアリングセンターの話を聞き『こんな場所が必要だよね』と、先生や仲間たちと年に一度、がん患者が集える居場所づくりを行なっていました。ところが、活動の最中、西村先生が進行がんに。先生は『居場所は絶対に必要だ』と。そこから急遽、認定NPO法人「がんとむきあう会」を立ち上げ、2016年12月に拠点を開設しました。残念ながら、2017年5月に先生は逝去されましたが、先生の願いに賛同する仲間たちの思いが詰まったこの場所は先生の名前をいただいて『元ちゃんハウス』と名付けられました」。

地元の企業から建物の無償提供を受け、リノベーションした元ちゃんハウス。
ゆっくり落ち着ける空間で、ここに座って本を読んだり、ぼーっとするだけでも心が穏やかになりそう。

患者の食の悩みに寄り添う

「病院の外に居場所を」。病院の治療だけでは解消できない、患者さんや家族の気持ちに寄り添ってくれる元ちゃんハウス。櫻井さんは栄養の専門家として食に関する悩みや相談に応えています。


「大学附属病院で管理栄養士として仕事をしていた当時、がん患者の栄養指導は診療報酬外でした。味覚障害などで悩む患者さんの力になりたいと考えていたものの、心疾患や糖尿病の栄養指導が中心で、患者さんに向き合えないジレンマを抱えていました。困っている人になんとかアプローチしたいと冊子を作成するなど、できることに取り組んでいましたが、不十分だとも感じていました。がんの治療が入院から外来中心の体制へ移行する中で、患者さんの多くが食欲不振や味覚障害に悩んでいました。でも、それを相談できる環境が整っていなかったのです」。

食べられないことが「自身の努力不足」と捉え、思い悩んでいる人も多いのだとか。
「がん細胞から出るシグナルによって食べられない状態にあるにもかかわらず、自分のせいだと思ってしまうんです。家族は健康的な食事を食べてほしいと思って、いろいろと用意するけれど、患者さんは『食べたくても食べられない』。お互いが思い合っているからこそ心のズレが生まれてしまったり。でも、これは病気による症状なんだとお話をすると『今日、元ちゃんハウスに来て救われた』と言ってくれる方もいらっしゃいます。また、治療のスケジュールを見ながら、食事がとりやすいタイミングや内容を一緒に考えます。

患者にとっての食べる目的とは

季節の食材を使った料理を参加者みんなで作って、いただきます。

食で悩む患者さんやご家族が多いことから、櫻井さんは元ちゃんハウスで料理教室を定期的に開催。それぞれの悩みや、食べられるもの・食べられないものを聞きながら、季節の食材を使った献立を組み立てます。
「4月はホタルイカづくしの献立。春キャベツの酢の物、ふきのとうの天ぷらなどを作りました。みんなで喋りながら、いろいろ作って食べるというのが楽しいという声をいただきます。それでも食べられない方には、思い出のお母さんの味を聞いたりします。ヒントをもらってみんなで作るんです。試食すると『お母さんのはもっと甘かったなぁ』とか、そんな話で盛り上がります。患者さんにとって食事の本当の目的は、次の治療に向かうための体力づくり。料理教室をきっかけに食べる楽しみを思い出してもらえたらいいなぁって思います」。

医療と生活を結ぶ
これからの取り組み

「料理教室では、手を動かしながら作業をしているとぽろりと心を開いてくれることもあるんです」と櫻井さん。病院ではフォローしきれない日常のさまざまな出来事や心のモヤモヤを解消する場所として、元ちゃんハウスがよりどころとなっています。 元ちゃんハウスを運営する「認定NPO法人がんとむきあう会」では、これまでの活動をより深化させるべく、新たな活動「がん患者とその家族が参画する金沢がん共生まちづくり3.0」に取り組んでいます。

櫻井さんは、がんとむきあう会の理事長・西村詠子さんと一緒に
がん患者と家族が社会とつながり合える場所づくり、社会のネットワークを構築するために日々活動しています。



「病院と通院、そして、地域や生活の場と、これまで点であったものを繋いでいきたいと思っています。繋がりが広がり、がん患者さんやその家族の活動参加や就労を生み出し、地域全体としてがんと共生できる金沢のまちづくりがこれからの目標です」。

ただおしゃべりするだけでも、料理教室や他のプログラムに参加するのでも、ここに来るきっかけは何でもOK。「病院の外に居場所を」と設立された元ちゃんハウスには、2016年12月から2024年の12月までに延べ13,500人が来館しています。医療と生活を結ぶ取り組みは着実に前へと進んでいます。

櫻井さんの、きのうの晩ごはん

ハタハタの唐揚げと枝豆、チーズとワインに合うおつまみです。
メインは野菜をたっぷり入れた辛いお鍋でした。



思い出の食シーン

母こだわりの手作りマヨネーズです。卵、酢、油でつくるマヨネーズが今も忘れられません。手作りマヨネーズ使ったポテトサラダがとてもおいしいんです。手作りの食事を大切にしていた父と母。その原体験が今の仕事に繋がっているように思います。