
Vol.13
故郷での暮らしや食べることが
クリエイティブの根っこに
大阪の繁華街・道頓堀にオフィスを構えるデザイン事務所・株式会社188で、コピーライターを務める村上美香さん。近年、ちょっとした変化があったのだとか。そのきっかけとなったのが、離れて暮らす母親との食を通した交流と愛犬の介護でした。
村上美香さん
広島県尾道市因島出身。株式会社188取締役。コピーライター、クリエイティブディレクターとして『サントリー1万人の第九』、ゆうちょ銀行『ゆうちょマチオモイカレンダー』などを長年にわたって担当。2022年から介護施設内ホテル『尾道のおばあちゃんとわたくしホテル』(広島県尾道市)、『SOUPTOWN』(愛知県豊田市)など、福祉関係の仕事にも携わる。
因島の母と、大阪の村上さんの定期便

- 企業広告や芸術など幅広い分野で活動してきた村上さん。近年は福祉施設のコンセプトワークやコピーライティングにも関わるように。当時、介護経験はなかったけれど、仕事で紡ぎ出す温かい言葉の背景には、離れて暮らすお母様と、村上さんが大切に育てていた今は亡き二頭の柴犬、まめちゃんとみつちゃんの存在があったと話します。
- 「家族への思いや愛がとっても深い」というお母様は、村上さんが出身地・因島を出てからもずっと娘のことを心配し、島の野菜や手作りの料理を送ってくれていたのだそう。ダンボールを開けると、みかんやスイカ、庭の花まで添えられていることも。冷凍便が今のように発達していなかった当時。ゼラチンで汁が固まる性質を利用して、牛すじを入れたおでんを鍋ごと送ってきたこともあったそう。
- 「母は、いわゆる農家の嫁。家族が元気で過ごせるように毎食おいしいものを作ってくれていました。食事で家族を支えることを大切にしていた母は、いつか娘がお嫁に行ったとしても『スープの冷めない距離』で行き来できる関係でいられるといいな、とよく言っていました。大阪に暮らすようになり、物理的な距離は離れてしまったけれど、私とスープの冷めない距離を続けたくて、いまも食事や野菜を送り続けてくれているんだと思います」
- 因島と大阪を結ぶ定期便は、なんと30年以上に及びます。村上さんへの送りものに加えて、ある時から、柴犬みつちゃんのごはん便が始まりました。
愛犬みつの介護食を因島から

因島で暮らす村上さんのお母様
- 「私は、二匹の柴犬と長年暮らしていました。柴犬まめは3年前に口腔内のがんになり他界したのですが、その時、私以上に声をあげて泣いたのが母。その背景があってか、私が一頭になってしまった黒柴みつを連れて実家に戻ると、長生きするようにごはんを作ってくれるようになりました。すると、シニア犬にさしかかっていたみつは、母の手作りごはんをよく食べたんです。それで、母にみつの「介護食作り」を依頼することにしました。冷凍便で大阪まで送ってもらうんです。当時、母は父の介護がすごく大変で、少し目先を変えてもらうためにもいい機会になるはず、と思ったんです」
- みつちゃんのごはん便には、細かく刻んだ野菜やお肉を炊いたものなど、老犬が食べやすく、栄養がしっかり摂れるものがたくさんありました。
- 「自宅の裏にみつ専用の野菜畑も作って、一生懸命支えてくれました。そうそう、これを見てください。母が送ってくれる箱の中には、いつもちょっとしたメッセージが添えられているんです」


裏紙に書かれたメッセージがこんなにも!
- チラシやお菓子のパッケージの裏側にみつちゃんや村上さんに宛てた言葉があります。
- 『みつちゃんの好きなジャガイモだよ うんこ出るよ』
『今日は法蓮草たあっぷりよ からだワクワクするよ
走れみつ 夏の海が待ってるよ』 - みつちゃんの体調を気にかけた、優しいメッセージがたくさん。みつちゃんのごはん便を行っていた約2年間に送られてきたお母様の何気ない言葉を村上さんは今も大切に保管しています。
その中に母の大きな愛を感じずにはいられないこんなメッセージを見つけました。
みつちゃんの元気 みんなの元気

- 「母は本当は犬が苦手なんです、でも、みつを愛してやまない私のために頑張って食事を作ってくれていたんだと思います。みつが元気ならば、みつを大切にしている娘もきっと元気に過ごせるだろう。そんな気持ちだったんだと思います。みつは17歳と7か月の生をまっとうしお空にいっちゃいましたが、介護をしていた2年間、母は食事を送ることで、みつだけでなく、私を支えてくれていました」

犬が苦手…とは思えない優しい顔。みつちゃん、おいしそうにモグモグ
美香さんには生活の実感がある。手伝ってもらえませんか?

たくさんの案件を抱え、日々奔走する村上さん。クライアントやプロジェクトにあったコピーを導きます。
- 二頭の柴犬たちが年老いていったころ、コミュニティデザイナーをしている親友から「愛知県に福祉関連の複合型施設ができる。立ち上げに際してプロジェクトの構想を練るワークショップをすることになったから、タイトルやデザインの相談をしたい」という依頼が村上さんのもとへやってきました。
- 「福祉の仕事の経験はなく、私にできるかなぁと思っていました。でも、友人から『介護の経験はなくても、美香さんの言葉には生活の実感があるから』と言ってもらい、お仕事を受けることにしました。『三人よれば文殊の知恵』のような場にしたいんだけどなぁと話しがあり、タイトルを10案ぐらい考えていたのですが、なんか「美味しくない」・・・。ふと、『ポワレ』みたいな、柔らかくておいしそうな響きがほしい!と思って、そこからぐるぐるぐるぐる」
- 村上さんは、考えては口に出し、いや違うと、また考えをめぐらせました。そんな時にポンッと現れたのが…。
- 「スープ!? スープだったら誰でもわかる。母親世代にも伝わるかも。スープ会議、アイデアぐつぐつスープ会議。言葉を声に出してみて、かわいいかも?って(笑)。寝る前にパソコンに向かい、思いついた言葉を打ち込んで一晩寝かせました。朝起きてもずっと考えていたら『スープの冷めない距離』って、母がいつも言っているなぁと思い出したんです。私と母の定期便のように、人と人の温かな関係性ができる街=スープタウン構想ってステキかもしれない!と、なんだか北極星を見つけた気分でした」

スープタウンの企画をまとめた提案書には、村上さんからあふれ出したアイデアがぎゅぎゅっと
- 各分野のプロが方向性を探り、検討を重ねたSOUPTOWNは昨年オープン。村上さんは「スープのさめない距離で暮らそう」というキャッチコピーを生み出しました。
コピーライター・村上美香にも変化が

ひょっこり柴犬さんは3代目のにまめちゃん。村上さんの事務所のアイドル
- 「若いころは、カッコイイコピーを書きたいとか、オシャレなコピーを書く人に憧れていました。でも、最近は、“因島出身で母の娘である私”と、“仕事をしている私”の根っことなる部分が一致し始めたように思うんです。愛犬の介護や母との交流が影響しているのかもしれませんね」
- 「スープのさめない距離で暮らそう」は、因島のお母様がよく口にしていた言葉からインスピレーションを得たもの。村上さんの暮らしそのものが、コピーライティングという仕事と繋がった瞬間でした。
- 「私の仕事は、誰かの言葉を届け直す仕事だと実感しています」
- お母様や大切な人たちの何気ない言葉を整えて、世に送り出し、新しい世界観をつくるプロの仕事。村上さんは毎日の暮らしを重ねながら、誰かの心をふわりとあたたかくする言葉を、今日も紡ぎ続けています。

「食べるはなかよし」。お母様からぽろりと出た一言。
広島サミットの時で、難しい話をしても会食で場を和ませる。そんなところを見てのことだと思うのですが。
生活の中で紡がれる言葉には敵わないですね。
昨日、何食べた?
以前から気になっていた黒門市場近くにある高級串カツへ。時にはレベルの高い味を知ることも大切かなと思っています。
思い出の味
故郷からの帰りに新幹線で食べる、母が作ってくれたおにぎりです。昆布やシャケなど、普通の具材だけれど、ちゃんと具材を冷ましてから詰めるなど、ちょっとした手間暇がうれしくておいしいんです。
